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2024年12月5日木曜日

齊藤飛鳥・小説リプレイvol.21『猫の女神の冒険』その2 FT新聞 No.4334

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児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる
TRPG小説リプレイ
Vol.21
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〜前回までのあらすじ〜
ニャルラトホテプの気まぐれで、クトゥルフ神話の世界から異世界へ送りこまれたグレーハッカーの灰鼠深尋(はいねず・みひろ)。
ピンチに陥ったところへ、セクメト女神に見込まれ、ズィムララ世界へ転移したのであった。

……というわけで、『猫の女神の冒険』リプレイの2話目です。
ニャルラトホテプの名前がうろ覚えの深尋は、何とかホテプ、あるいは黒い人影野郎と呼んでいるくらい毛嫌いしていますが、ニャルラトホテプのおもちゃ認定されているので、時々脳内に直接語りかけられております。
古代エジプト風の世界観がさらに明らかになり、個人的には晩餐で登場する魚やイヌハッカの匂いがする野菜の料理がおいしそうで好きです^^
ネコの女神様なだけに魚料理がよく登場するのはわかるのですが、こういう細部にこだわったところが、たまらなくツボです^^♪
ところで、『猫の女神の冒険』は、TRPGでもプレイしたので、ソロアドベンチャーの方では意図的に選択肢を変えています。
そうすると、TRPGではわからなかったエピソードが見られて面白いです^^♪
TRPGのシナリオとしても、ソロアドベンチャーとしても楽しめるとは、ものすごく計算しつくされて創作されたのだろうと、完成までの苦労が身に染みて想像できました。
なぜ「身に染みて」かと言いますと、このたび年末頃に刊行予定の拙作『シニカル探偵安土真』シリーズの5巻に、巻末おまけとして自作のミニゲームブックが掲載されるからです。
数年前に岡和田先生からいただいたミニソロアドベンチャーでパラグラフが一目ですべて俯瞰でき、ゲームブックの仕組みが明快になっていることを発見。
「パラグラフに自分の物語を乗せていけば、自分でもゲームブックが書けるのではないか?」という試みの下、「ミニゲームブックで子ども読者様達のハートを鷲掴みにしてくれようぞ!!」と野心を燃やしつつ挑戦したのですが、年単位かけて、やっとどうにか完成にまでこぎつけたのは掲載分の一作だけ。愛や情熱、好きだけでは乗り越えられないものを体感しました><;
やっぱり、ゲームブック作家の皆様はすごいです!!



※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。

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モンスター!モンスター!TRPGソロアドベンチャー
『猫の女神の冒険』リプレイ
その2

齊藤(羽生)飛鳥
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3:深尋、女神との晩餐をする
セクメト女神様との晩餐は、日常の儀式なのだと説明しながら、テン=メアは他の招待客たちに愛想よく手をふりながら、私を奥にあるテーブルへ案内してくれた。
招待客たちの大半がモンスターなので、ハロウィンパーティーに参加した気分になる。
ちょっと悪ノリして、ハリウッド映画的な外見をしたグレムリンに水をかけてみたいという小二的衝動がこみ上げてきた。
けど、テン=メアに一番奥の優雅なテーブルに案内されたので、衝動を封印できた。
音楽の演奏が始まると、テン=メアが踊りを披露してくれた。私の世話、案内と続いて、他の招待客たちへのショータイム。何でもできてすごいけど、大変そうだな、テン=メア。ちゃんと特別給をセクメト女神様からもらえているのかな?
そんな俗な心配をしていると、踊り終えたテン=メアが私のテーブルへ来て、セクメト女神様のテーブルへ案内してくれた。
今日初めて来たばかりの私が、セクメト女神様の食卓を共にしてもいいのだろうか?
そんな私のためらいを払拭するように、セクメト女神様は席につくように身振りで促してから、晩餐の開始を告げた。
たちまち、召し使いたちがいい香りのする魚やイヌハッカの匂いのする野菜を載せた銀のトレーでごちそうを運んでくる。
そうだ、ごちそうを見て思い出した。後で海鮮丼全般のレシピを書いておこう。
テン=メアが、この晩餐でセクメト女神様の祝福を受けられると説明していると、セクメト女神様が私たちの間に腰を下ろした。
そして、セクメト女神様の背後には、召し使いたちが立っていて、私の背後にも男性の召し使いが立っていた。私に対して気を使ってくれたのだろう。私好みのかわいいぽっちゃり男子だった。よっしゃ!!
(褐色肌の知的な美男子は好みじゃないの!? ねえ? ねえってば!!)
何のアピールか知らないが、あの黒い人影野郎が私の脳内で自己主張してくる。けれども、セクメト女神様とテン=メアがごちそうを勧めてくれたので、そちらに集中した。
まさに、美味! 
パクパクもりもり食べながら、セクメト女神様に質問しようとすると、テン=メアに軽く注意された。
そうだよね。食べながら質問するのは、失礼だ。
食事とワインのおかげで、心身共に満たされたところで、セクメト女神様が私の目をじっと見て語りかけてきた。
日本人は、目を見られながら会話するのは非常にストレスを覚えると、私が生まれ育ってきた文化的背景を説明しようと思ったけれど、セクメト女神様のネコ科フェイスのおかげでストレスはなく、むしろ癒しを感じた。
「どうしてそなたをこの場に呼んだのか、不思議に思っているんじゃないかしら」
「はい。新参者の私をこのような晴れがましい場にお招きいただき、まことに恐縮です。セクメト女神様には感謝しかございません。どうして、ここまで私によくして下さるのでしょうか?」
「お願いしたい任務があるのです———とても危険な仕事です———それをわらわのためにやってほしいのです。わらわひとりでは対応できない、とても重要な任務なのです。そなたのような意気軒高なエージェントを求めています」
「そこまで高く買っていただいているとは、本当に恐縮です」
世界を救うために、自分の持てる限りの力を使ったのに、結局、世界も仲間も何一つ守り切れなかった前歴があるので、私はセクメト女神様のまっすぐに見つめられて、いたたまれなくなった。
「成功したなら、わらわの力の及ぶ範囲で、充分な報酬をお支払いしましょう。そなたは不死にさえなれるのです」
不死よりは、あの黒い人影野郎をぶん殴る力がほしいけど、とりあえずまだ黙っておこう。
「この仕事を引き受けてくれますか、勇者よ」
セクメト女神様は、私の返事を待つ。
ネコ科のウルウル上目遣いではなく、眉を吊り上げるという、猫好き上級者の心くすぐる表情をするとは、さすが女神様だ。
それはさておき、私の答えはもう決まっている。
「はい」
あの黒い人影野郎をぶん殴る力を手に入れる。
そのためには、セクメト女神様の信頼を手に入れる。
断るという選択肢なんて、最初から私の中に存在していないのだ!


4:深尋、女神の依頼内容を聞く
セクメト女神様は、私に依頼内容の説明を始めた。
かいつまんで言うと、太古のピラミッドの中にデーモンの魔法で守られているクリスタル・スカル(水晶髑髏)を手に入れたいとのことだった。
理由は、強い力を秘めた品物だから。
もっと言えば、セクメト女神様以外の者が手に入れると、このズィムララと呼ばれる世界がもう一つの地獄になってしまうから、それを阻止するため。
私が選ばれた理由は、ひとりのデーモンとひとりの定命者のペアのみがクリスタル・スカルの力に触れられるから。
だから、私とテン=メアにペアを組んでクリスタル・スカルを手に入れてほしいということだった。
「テン=メアはわらわがいちばん大事にしている存在で、独自の素晴らしい才知を有していますが、戦士ではありません。彼女を助け、守り抜くことがそなたの使命なのです」
セクメト女神様が、具体的に何を司っている神様なのか気になっていたけれど、今のでわかった。百合を司る神様だ。嫌いじゃない。
いけない。思考がそれた。依頼を引き受ける前に、ちゃんと確認をせねば。
「承知しました、セクメト女神様。ところで、神である貴女様でさえ不可能な任務、私ごとき人間が本当に成し遂げることができるのでしょうか?」
「神々には、定命者よりも、はるかに多くの制約があるのです」
「制約……」
その種類や法則がわかれば、あの黒い人影野郎をぶん殴るヒントになるかもしれない。
曲がりなりにも、何とかトテップなる邪神とかいう神だと自己紹介をしていたし。
「ただ、定命者であるそなたには、その性質は理解が及ばないものでしょう。わらわが事情を話したのは、本件ではそなたの手助けが必要だということを、信じてほしいからです。そなたが無事にクリスタル・スカルを持ち帰ってきたら、莫大な報酬が与えられることでしょう。失敗したらどうなるかは、語らずにおいた方がよいでしょう」
昔、CIAに某国の某企業のハッキングを依頼された時と似たような言い回しで、セクメト女神様は私に釘を刺す。
とりあえず、不死の神々も万能ではないという情報を手に入れられたことは、大収穫だ。おかげで、黒い人影野郎をぶん殴る目標に、ほんの少しだけど前進できた。
本題が終わったところで、私はセクメト女神様とテン=メアと小一時間ほど各種海鮮丼の作り方を説明し、そのレシピを書いて女神様へ献上した。
それから、テン=メアに寝室に案内してもらった。
寝室だけで、私の家と同じ広さがある。
私を評価しているのは言葉だけでなく、扱いからも感じ取れる。これは絶対にしくじれない任務だ。
寝室には、私のペーパーナイフとスコップ、衣類とスタテッド・レザーその他装備品がきれいに整えられ、並べられていた。世界を救うために福井県へ行った時にハンカチについたボルガライスの染みまできれいさっぱりなくなっていることに驚いていると、テン=メアが話しかけてきた。
「気に入ったかしら? お望みなら、一晩のお相手もご用意してあげられるわよ……」
「魅力的な提案だけど、明日は万全なコンディションで任務を始めたいから遠慮するね」
「わかったわ」
テン=メアが寝室を出ていったのを確認すると、私はスコップを手に取った。
これまでの人生、スコップで戦ったことはない。
明日から始まる任務に備えて、スコップを手になじませておこう。
私は、スコップの素振りを始めた。
理想は、スコップで敵を一撃斬首だけど、いきなり高望みをしてはいけない。今はただ、手になじませることだけを目標としよう。
一通り、スコップの扱いに慣れてきたと実感できたところで、私はベッドに滑りこんだ。
ふかふかの布団と固めの枕とは、私の好みにぴったりだ。いい夢を見られそう……。
* * * * *
「ミャー」
かわいいマンチカンの子猫たちが、いっせいに私の許へ集まってきた。
「やあ、ハイネ。君もここへ来たのかい?」
アブドルが、ラグドールを抱っこしながらニコニコと私に話しかけてくる。
「ここは、とてもいい場所だよ」
アルマスが、肩にシャムネコを載せて穏やかな笑顔を見せる。
「ハーイ、ミッヒー。俺たち、一足先に楽しくすごしているぞ」
マーカスが、両手いっぱいのエキゾチック・ショートヘアの子猫たちを抱え、満面の笑顔で語りかけてくる。
「次にミッヒーと呼んだら、子猫たちを取り上げるぞ、コラ」
そう言いながらも、私は地球存亡をかけた戦いに共に挑んだ仲間たちが、もう苦しくない環境にいるのがわかって、涙がこぼれてきた。
* * * * *
翌朝、私は久しぶりに爽快な気分で目が覚めた。
具体的には覚えていないけれど、猫に関連した夢をたくさん見た気がする。
明け方、召し使いが朝食を持って来てくれた。五つ星ホテルかな?
新鮮な卵と魚の朝食をたいらげ、食休みを充分にしてからドアへ向かうと、テン=メアが迎えに来てくれた。まだ出会って二日目だけど、すごくおもてなし精神にあふれた子だ。日本にいたら、一流旅館の女将として天下を取れるタイプだ。
「おはよう、深尋。あたしたちの冒険は〈鏡の間〉から始まるわ」
そう言って、テン=メアは私の手を取って案内を始めた。


5:深尋、〈鏡の間〉に来る
セクメト女神様は、扉の前に立っていた。
扉の両脇には、虎の頭を持つ人間が警護していた。
彼らに驚いていると、テン=メアがそっと耳打ちしてきた。
「彼らはタイゲリアン(虎人間)よ」
昔のロボットアニメの主役ロボにいそうな名前だと思いながら、セクメト女神様と〈鏡の間〉に入った。
見たこともない生き物の毛皮が絨毯の代わりに敷きつめられたモフモフな床とは真逆に、サイズもデザインも様々な鏡で埋め尽くされた室内は、硬質な雰囲気に包まれていた。
すると、そのうちの一枚に映ったセクメト女神様は黄金色に輝く雌虎の姿だった。雌ライオンかと思ったけど、本当は虎とは……古代エジプト風の神様だと思ったら、実は古代中国風の女神様だったのか。タイゲリアンが警護をしている段階で気づくべきだった……。きっと女神様には、李徴とかが知り合いにいるんだ。
見てはいけないものを見てしまった気分になっていると、セクメト女神様が全体にムーン・クリスタルがあしらわれた背の高い鏡の脇で立ち止まる。
「テン=メア、これをお持ちなさい」
小さな革のバッグを渡しながら、セクメト女神様はテン=メアへ続ける。
「なくさないように。無駄遣いせず、よくよく気をつけて使うのです」
ママ?
私の内心のツッコミを知るよしもなく、テン=メアはうなずく。
「お約束いたします。御主人様」
御主人様と言うか、ママ要素がだいぶ入っている……と喉元まで出かかったところで、セクメト女神様が私の方を見た。
「適切な転移門がないので、そなたらを直接コブラのピラミッドへ送ることはできないのです。ですが、すぐそばにある廃都トゥー=エバンまでなら送り届けることができます」
そう言って、セクメト女神様は私とテン=メアに透明のクリスタルを渡す。何だろう。さっきからセクメト女神様にママな雰囲気を感じずにはいられない。
セクメト女神様は、手に持った別のクリスタルで大きな鏡に触れ、トゥー=エバンへと目的地を告げる。
すると、鏡にあしらわれたクリスタルが曇り、すぐさま輝きを取り戻したかと思えば、崩れかけた低い石の壁に囲まれた広場が映し出された。
かつて噴水があったはずの場所の中心部には、いまやひび割れた石造りの基底部のある壊れた像しか残っていない。
克明に映し出された光景を目の当たりにして、思わず鏡面の隅にWi−Fiマークがないか探してしまったけれど、マークどころか鏡本体にケーブルすらついていない。神様の力ってすごいものだ。
「さあ、自分達の手にあるクリスタルで鏡に触れて、"エマゼス・ネポ"と唱えながら、鏡のなかに足を踏み入れるのです。帰りたいと思った時は、町中にある転移門に触れ、わらわの名を口にするのです。任務に失敗したとしても、戻って来られるときは戻って来るのですよ」
「もちろん、そういたします。女神様!」
テン=メアは笑う。
「あたしが前のふたつの任務から戻らなかったことがありましたか? あたしが、そのうちのひとつでも失敗したことがありました?」
セクメト女神様は、鷹揚に微笑む。
「そなたは一度たりとも、わらわを失望させることはありませんでしたね。かわいいテン=メアよ」
二柱とも、末永く爆発しろと声をかけたいくらい、仲良しだ。
百合な雰囲気を眺めている間、テン=メアはセクメト女神様に見送られながら、鏡の中を通り抜けていく。
鏡の中の景色に、テン=メアがきょろきょろしているのが見える。
突如として、彼女の表情が一変し、困惑した様子が広がる。
何か危険な予感がすると私が胸騒ぎを覚えたところで、セクメト女神様が叫んだ。
「あの子が危ない! 早く助けに行くのです!」
「承知しました!」
私は、クリスタルのかけらを鏡に押し当て、「えまぜす・ねぽ!」と叫んで足を踏み入れた。
ネイティヴ発音じゃないから、ちゃんと通れたか心配だったけれど、気がつけば石壁に覆われた廃都の広間に躍り出ていた。
数歩先にテン=メアがいるけど、ひとりではない。
濃い緑色のローブを身にまとった正体不明の連中3名に囲まれていた。
これだけでも充分に危険な状況だけど、そのうちのひとりはナイフを構え、いまにも襲いかかろうとしている!
私は迷わずスコップをうならせた。


(続く)

∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴

齊藤飛鳥:
児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙され、その奥深さに絶賛ハマり中。
現在『シニカル探偵安土真』シリーズ(国土社)を刊行中。2024年末に5巻が刊行予定。
大人向けの作品の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表し、2024年現在、6月に『歌人探偵定家』(東京創元社)を、11月29日に『賊徒、暁に千里を奔る』(KADOKAWA)を刊行。


初出:
本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。

■書誌情報
モンスター!モンスター!TRPGソロアドベンチャー
『猫の女神の冒険』
著 ケン・セント・アンドレ
訳 岡和田晃
絵 スティーブ・クロンプトン
https://ftbooks.booth.pm/items/5889199


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