おはようございます。FT新聞編集部員のくろやなぎです。 本日は、『ゲームブックにおける死と物語』の第6回として、『魔人竜生誕』(著:松友健、2006/2016年、創土社/幻想迷宮書店)における死と物語についての考察をお届けします。 前回までの5回の記事で取り上げたゲームブックには、それぞれある程度の割合で、「死のパラグラフ」とでも言うべき、主人公が死んでゲームオーバーとなるパラグラフが含まれていました。 それらの作品では、主人公(読者)が特定の選択肢を選んでしまうと、何らかの罠や攻撃、アクシデントなどによって主人公は死亡し、物語はそこで唐突な終わりを迎えるようになっています(ただし、「輪廻」や「時の魔法」や「予知」といった特殊なギミックが発動しなければ、ですが)。 そうした「死のパラグラフ」は、ゲームとしてのバッドエンドであると同時に、物語としての奥行きや多層性の源泉でもありました。むしろ「死のパラグラフ」は、それぞれの作品のテーマや世界観を、ゲームブックという形式で表現する上での、本質的な要素のひとつだとも言えるかもしれません(前回取り上げた『ミラー・ドール』でも、記事の中では言及しなかったのですが、やはり印象的な「主人公の死」のパラグラフがいくつも存在します)。 一方、今回取り上げる『魔人竜生誕』には、そのような「死のパラグラフ」がほとんど見当たりません。 『魔人竜生誕』は、作者の言葉を借りれば「特撮番組や少年漫画でおなじみ、超人ヒーローバトルの世界をちょっと行き過ぎなぐらいに完全再現」した作品であり、敵を倒すか、それとも主人公が倒されるか…という状況が物語の中では何度も繰り返されます。にもかかわらず、主人公の敗北や死がしっかりと描写されるパラグラフは、全部で600パラグラフを超える作品のスケールを考えれば、ごくわずかしか存在しない、と言ってよいくらいです。 今回の記事では、主人公の死に関する数少ない描写の内容や、そのような「描写の少なさ」自体を手がかりとして、私なりの視点から『魔人竜生誕』の物語を読み解いていきたいと思います。 記事の中では、物語の具体的な展開や結末、作品全体の構造などにも言及していますので、作品を未読の方はご注意ください。 実際に作品を読みたい・遊びたい、という方は下記のリンクからどうぞ。 [幻想迷宮書店ホームページ内、『魔人竜生誕』紹介ページ] https://gensoumeikyuu.com/gb10/ また、記事の作成にあたっては、作者である松友健氏のホームページも参考にしています。直接的に参照・引用した内容については、「作者の言葉を借りれば〜」のような形で、そうとわかるように記載しました。 [松友健ホームページ『駄人間生誕』内、『魔人竜生誕』コンテンツトップページ] https://matutomoken.web.fc2.com/page014.html なお、『魔人竜生誕』は、2006年に創土社から刊行された後、遊びやすくなるよう大幅に改良された上で、Kindle対応の電子書籍として2016年に幻想迷宮書店から改めて刊行されています。 創土社版と幻想迷宮書店版では、ルール説明の記述やフラグ管理の方法、パラグラフ構成等の一部が異なりますが、記事内での説明に際しては、できるだけ両方の版に当てはまる表現にした上で、バージョンによる差異がある点についてはそのことを明記しました。また、上記の松友健氏のホームページにおける『魔人竜生誕』のコンテンツは、サイト内の更新履歴によれば、創土社版の刊行直後に書かれたものが中心となっているようです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ ゲームブックにおける死と物語 第6回:「ヒーロー物」としての『魔人竜生誕』における死と物語 (くろやなぎ) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ ■『魔人竜生誕』における死とゲームオーバー まず、『魔人竜生誕』の物語の基本設定や、全体的な構造について整理させてください。 主人公である羅田 明(作品の地の文における「俺」。以下、「明」と呼びます)は、下町の零細工場を営む23歳の男性であり、肉体労働に従事しているので「体力ならそこそこある」という程度の、「特にどうという事のない」一般人でした。 ある日、仕事帰りの山道でトラックを走らせていた明は、山の上から突然現れた巨大な虫のような怪物に襲われ、わけもわからないうちに致命傷を負ってしまいます。 怪物は去り、後には瀕死の明が残されますが、そこに「誰か」の気配が近付き、明に「何か」を与えます。 その「誰か」は、自然の神のひとりであり、与えられた「何か」は、いちど殺された明を、超自然の戦士である「霊神将」として生まれ変わらせるための力でした(ここでの「神」とは、超越的・支配的な存在というより、もっと身近で人間的な、自然から生まれた精霊のような感じの「神」です)。 やがて目覚めた明は、「翼をたたんだ竜」のような姿の鎧を身にまとっており、そこにいた神(どのような神なのかは、そこまでの明の行動によって決定されます)から、自分が霊神将として生まれ変わったことや、先ほど自分を殺したのが「邪魔神」の眷属であったことなどを知らされます。 明は、異様な状況と知らない単語だらけの話に困惑しますが、結局は状況を受け入れ、先ほどの怪物を倒します。そして、自然と頭の中に浮かんだ「猛竜・ジーレギオン」という名を名乗り、自らの「主神」となった神をパートナーとして、敵である邪魔神の眷属たちと戦うことを決意するのでした。 以上が、この作品の導入部分のストーリーであり、「魔人竜」(すなわち、霊神将である「猛竜」ジーレギオンとしての主人公)の「生誕」に至るまでの経緯です。 その後、明は主神とともに、いったん元の人間の姿で日常生活に戻りますが、世間では邪魔神の眷属たちが引き起こす事件やトラブルが次々に起こりつつあり、明もそんな事件やトラブルにしばしば巻き込まれます。 そこでは、一話完結型のテレビ番組や連載漫画のように、 事件やトラブルの発生 → 探索行動 → 邪魔神の眷属との対決 → 一件落着 という定型的なサイクルが何回も繰り返され、このサイクルを通じて、明は霊神将としての能力を高めていきます。 やがて明は、敵の親玉である邪魔神そのものとの対決の時を迎えます。 そこで起きる出来事は、明がそれまでに積み重ねたさまざまフラグの組み合わせによって変化し、さいごに邪魔神を倒すことができれば、約20種類のマルチエンディングのいずれかに辿り着くことができます。 ざっくりまとめると、『魔人竜生誕』は、 導入(「魔人竜」の「生誕」) → 邪魔神の眷属たちとの戦いのサイクル(主人公の成長とフラグ立て) → 邪魔神との最終決戦(フラグの回収) → 終幕(マルチエンディング) という感じの構造になっていると言ってよいでしょう。 さて、物語の導入部分から、作品の大半を占める、邪魔神の眷属たちとの戦いのサイクルに入っていくとき、主人公の死やゲームオーバーに関する記述に、ある変化が起こります。 以下は、先ほど述べた物語の導入部分で、まだ普通の人間だった明が怪物に遭遇したときの、明の死に関する描写の一部です。 俺は……唐突に目の前が真っ赤になった!衝撃!地面が足元に無い!液体が器官に溢れかえり、呼吸が全然できない! 自分の胸部が背中から巨大な鉤爪で貫かれていることも、人間離れした怪力でそのまま持ち上げられている事も、そしてもう絶対に助からない事も、何一つとして俺には理解できない。投げ捨てられ、俺は地面にべちゃりと張り付く。俺は死ぬ。 ここでは地の文の語り手としての明、すなわち「俺」が、怪物になすすべなく殺される様子が鮮明に語られています(ただし、これでゲームオーバーになるわけではなく、物語はこのまま明の蘇生、すなわち「魔人竜」の「生誕」の場面へと続きます)。 また、明が霊神将として生まれ変わった直後、それまでの明(としての読者)の選択によっては、明は全てを忘れることにして「帰る」ことができますが、その先のパラグラフは以下のような記述で終わります。 ニュースは今まででは有り得ないほど多発する凶悪犯罪を連日報道しだした。しかも、犯人が不明の事件があまりにも多いという異常事態。これはいつまで続くのだろうか……。 だが、これはもはや俺にとって関わるべきでない事なのだ。 これは、作品中で唯一の、ゲームオーバー(邪魔神が倒されることのないバッドエンド)のためだけに用意された専用のパラグラフです。 電子書籍である幻想迷宮書店版では、通常の(邪魔神を倒したあとの)エンディングには「あとがき」へのリンクが付いていますが、このパラグラフにはそのようなリンクが存在しません。ここに辿り着いた読者は、何も遷移先も示されない文章の最後に、パラグラフの終わりを示す「▲」のマークだけがぽつりと添えられているのを見ることになります。 このように、作品の導入部分の、明が霊神将として生まれ変わる前やその直後の時点では、明の「死」の様子は文章としてはっきりと描写され、ゲームオーバーになるときは、そのための専用のパラグラフが用意されています。 一方、明が霊神将・ジーレギオンとして戦う覚悟を決め、自分を「殺した」怪物と再び対峙する段階になると、明の死やゲームオーバーに関する記述は、以下に引用するパラグラフのような形に変わります。 俺の攻撃が外れた隙をつき、ガヌァヴが鉤爪を叩きつけてきた。その爪がヌラヌラと光っているのが見える。直感的に、それが毒液の光沢だとわかった。俺はとっさに手甲を使ってブロックする。 俺に対する奴の攻撃力は11。防御に失敗すれば、俺は3点の生命力を失う。 結果、生命力か持久力のどちらかが0以下になっていれば俺はここで倒れる。防いだにしろ食らったにしろ、戦えるなら反撃するしかない。[以下、創土社版では「技の使用番号に10を足した項目へ進み、再度攻撃せよ。」という記述があり、幻想迷宮書店版では「技を選べ。」という記述とともにそれぞれの技へのリンクが示される。] このパラグラフでの記述と、先に引用したパラグラフでの描写との違いは明白でしょう。 ここでは、明の死やゲームオーバーは、ルールに則った戦闘処理の説明の一環として、パラグラフの途中に溶け込むように、事務的かつ汎用的な表現で記述されています。 「生命力か持久力のどちらかが0以下に」なった明が、どのように敵の鉤爪に貫かれ、どんな最期を迎えたか、このパラグラフの文章は何も描写しません。また、ゲームオーバーになったことが、パラグラフの最後の「遷移先の不在」によって示されるわけでもありません。「俺」による説明は、「死」の説明からシームレスな形で、改行すらされずに、そのまま「戦える」場合(生命力も持久力もまだ1以上残っているとき)の遷移先の説明へと移っていってしまいます。 ここで戦闘処理の結果から「俺」の死やゲームオーバーを判断し、その最期の様子を(心の中で)描き出す役割は、すべて読者の側に委ねられているのです。 以降、何度も繰り返される邪魔神の眷属たちとの戦いのサイクルの中では、明の死とゲームオーバーはすべて、後から引用したパラグラフと同様に、戦闘シーンの途中に「生命力か持久力が0以下になっていれば〜」と挟み込まれる形で提示されます。 最初の方で引用したような、明の死の描写やゲームオーバーのためのパラグラフは、ゲームブックとしてはとりたてて珍しいものではありませんが、この作品の中では、むしろ異質でイレギュラーな存在となっています。それらの描写やパラグラフは、『魔人竜生誕』における死の描写やゲームオーバーのパラグラフの「不在」や「稀少さ」を、かえって浮かび上がらせる役目を果たしている、と言ってもよいかもしれません。 ■『魔人竜生誕』における戦闘と物語 『魔人竜生誕』の大部分では、主人公の死やゲームオーバーに関する記述は、個別的な描写や専用のパラグラフを伴わず、戦闘シーンのパラグラフの中に汎用的な表現で埋め込まれています。 このことは、作品のどのような特性を反映し、作品においてどのような意味をもっているのでしょうか。 作者のホームページには、『魔人竜生誕』のコンセプトについて、「とにかく強い主人公が同じぐらい強い敵と一般人立ち入り禁止レベルの戦闘を延々と繰り返す話」と表現している箇所があります。 そして、この冗談めかした表現には、この作品における主人公の死やゲームオーバーの位置付けに関する、本質的な要素が含まれているように思います。 『魔人竜生誕』の作品世界において、霊神将となった明は「とにかく強い」存在であり、彼の前に立ちはだかる邪魔神の眷属たちも、「同じぐらい強い」存在です。彼らの戦いの前で、「一般人」はひたすら無力であり、そこはまさに「一般人立ち入り禁止」の領域に他なりません。 物語の開始時点で、読者はすでに戦闘ルールに関する説明を受けており、主人公の明には、最初に読者が決めた能力値が設定されています。しかし物語の導入部分で、怪物に襲われ、逃げたり隠れたり殴りかかったりする明には、戦闘ルールに沿った判定や処理も、能力値の増減も、いっさい求められることはありません。まだ「一般人」である明は、目の前の怪物とは能力の次元が全く異なるため、それらの戦闘ルールや能力値はそもそも無意味で、適用される余地がないのかもしれません。 作者曰く、『魔人竜生誕』は「バトル中心」のゲームブックであり、「強制的に何度もやらせる」(「延々と繰り返す」)ことになる戦闘システムこそが、「ヒーロー物を再現」するための作品の核に他なりません。作者の言葉を引用すると、この作品の戦闘システムは、 1:ヒーローが終始優勢である事はあまり無い。何度か技をはね返されたりする。 2:ヒーローは勢い重視の戦いを好む。さっきまで大ピンチでも、突破口を見つけた途端に敵を滅多打ちにして最終奥義に繋げたりする。 3:ヒーローが最強技をクライマックスで放てば敵は死ぬ。 という「ヒーロー物」の条件を満たすように設計されています(その具体的な設計内容は、作者のホームページで細やかに説明されています)。 ここで、「0以下になる」ことが敗北(死)を意味するふたつの能力値、「生命力」と「持久力」について簡単に説明すると、生命力はダメージを受けることで減少し、持久力は敵を攻撃することで消耗します。 また、こちらからの攻撃の命中率やダメージ量は、自分の使う技(最終的には10種類ほどになります)と敵との相性によって上下し、さらに敵に与えたダメージの合計によっても変化します(最初は通じなかった技が、敵が弱って隙を見せると有効になるという感じです)。 さらに、最終的な命中・回避の判定はサイコロの出目を使って行われ、そこではいわゆるクリティカルやファンブルのように、低確率で出現しうる、絶対的な成功・失敗の出目も設定されています。 つまり、敗北(死)の直接的原因としては、 ・敵からの反撃によるダメージが蓄積し、生命力が0以下になる ・技を使いすぎて消耗し、持久力が0以下になる という2種類のパターンが存在し、さらに、その状況に至る要因としては、 ・その敵に対する有効な(命中率や与えるダメージが高い)技を見つけられなかった ・敵の状態(有効になる技)が変化したのに、それにうまく対応できなかった ・有効な技には気付いていたが、運(サイコロの出目)が悪く、攻撃が当たらなかった など、いくつものパターンが考えられます。 戦闘のパラグラフの途中での、「生命力か持久力のどちらかが0以下になっていれば俺はここで倒れる。」といった記述は、単体として見れば、たしかに汎用的で事務的な説明でしかありません。 しかし、それ自体が個別の物語性をもちうる戦闘の展開の中で、「生命力か持久力のどちらかが0以下」になった時点で、読者はすでに十分な量と質の、主人公の死やゲームオーバーに至る物語を(文章化された描写とは別の形で)受け取っている、と言うことができるかもしれません。 『魔人竜生誕』において、設計されたルールに則った戦闘処理の繰り返しこそが、文章での描写と並ぶ、もうひとつの物語の存在形態なのだとしたら、主人公の死やゲームオーバーもまた、その中に織り込まれていても不思議ではありません。 ただし、作品の導入部分の主人公は、戦闘能力をもたない「一般人」であり、あるいは、戦う覚悟の決まらない、生まれたての霊神将です。彼はまだ、作品本来の死やゲームオーバーの場としての、戦闘シーンに移行することを許されません。 文章による主人公の死の描写や、選択肢によるゲームオーバーは、多くのゲームブックにとっては普通のことです。しかしそれらは、この作品においては、戦う「ヒーロー」になる以前の主人公の死やゲームオーバーのための、あくまで例外的な位置付けしか与えられていないようにも見えます。 先に述べたように、『魔人竜生誕』の大部分は、「事件やトラブルの発生 → 探索行動 → 邪魔神の眷属との対決 → 一件落着」という定型的なサイクルの繰り返しで構成されています。 このサイクルの中では、邪魔神の眷属との対決(すなわち戦闘シーン)が重要なことはもちろんですが、敵のもとに辿り着くまでの探索行動のパートにも、多くのパラグラフが使われています。そこでは、最終決戦の展開やエンディングの分岐に関わるさまざまなフラグ立てが行われるほか、敵の攻撃などによって、明の生命力が減少することもありえます。 しかし、そこでのダメージの量は、基本的には明が死なない程度の、「その後の戦闘で不利になる」という意味合いのものでしかありません。明の死やゲームオーバーは、あくまでそのサイクルの最後に控える邪魔神の眷属との、ルールに則った戦闘シーンの中でしか起こりえないのです。 もちろん、ゲームブックの構成として、探索行動の中でも、場合によっては死ぬような大ダメージを受ける判定や、致命的な罠やアクシデントにつながる選択肢などを設定することはできるでしょう。また、そうすることで、探索行動が読者にとってより緊張感のあるものになり、ゲームや物語としての奥行きも増すかもしれません。 しかしそれらは、この作品の「ヒーロー物」としての全体的なデザインにとっては、むしろ蛇足というべき要素になるようにも思われます。 霊神将としての使命に目覚め、邪魔神の眷属たちとの戦いを繰り返す明は、敵に辿り着く前の探索行動の途中で、必殺技を撃つこともなく死んだり逃げたりすることはできません。それは、この作品を貫く、ある種の型や「お約束」に反する出来事です。 明は必ず敵のもとに辿り着き、「ジーレギオン! 覚醒・装・着!」などと叫び、霊神将としての鎧をまとった姿に変身して、「フルンティングエッジ」や「デュランダルストライク」といった、カタカナ10文字前後の舌を噛みそうな名前の技をつぎつぎと繰り出します。攻撃を外すと敵からは重い反撃がやってきますし、巧妙な敵は、明の技をそのまま反射してくるかもしれません。敵の弱点を見つけるのに手間取ったり、運悪く攻撃を外し続けたりすれば、敗北、すなわち死を迎えることもありえます。しかしそれは、この作品世界によく似合う、ヒーローとしての死やゲームオーバーに他なりません。 読者はそこからひとつの戦いの物語を受け取って、戦術を練り直し、あるいは今度こそサイコロの出目が明に味方することを願って、新たな物語を辿り直すことになるでしょう。 ■主人公の「最後の奥義」と2度目の死 『魔人竜生誕』における主人公の死のあり方は、作品全体の構造において、どの段階の出来事なのかによって変化します。 先に述べたように、作品の冒頭での明の死は、「ヒーロー」になる以前の「一般人」としての死であり、神による蘇生から「魔人竜」の「生誕」へとつながるストーリーの一部として、文章によって鮮明に描写されます。 その後、作品の大部分における明の死は、ヒーローとして邪魔神の眷属たちと戦う中での敗北と死であり、それはすなわちゲームオーバーを意味します。その死はルールに則った戦闘処理の結果としてもたらされ、個別に文章として描写されることはありませんが、読者が経験した戦闘の経過の中で、「ヒーロー物」のフォーマットに沿いながら、即興的な物語性を与えられます。 そして、作品のクライマックスとなる邪魔神との最終決戦においては、明の死は、また別の形をとることがありえます。 そこに大きく関わってくるのが、霊神将ジーレギオンの「最後の奥義」である、「レーヴァンテインフレア」という技です。 邪魔神の眷属たちとの戦いのサイクルの中で、明はいくつもの新しい技を習得していきますが、このレーヴァンテインフレアだけは特別で、通常の戦闘では使用することができません。というのも、この技は「存在する事そのものへの絶対の否定、究極の滅びの力」であり、この技を使ってしまうと、戦闘の場そのものが「滅びの業火に埋め尽くされ」てしまうからです。 また、この技の習得のためには、「生神力」という経験値のようなポイントを一定以上獲得する必要があり、明のさまざまな行動や判定の結果次第では、最後まで習得できずに終わってしまう場合もあります。 ラスボスたる邪魔神の強さは圧倒的であり、通常の戦闘ルールのもとでは倒すことができないようになっています(もっとも、すべての面が「6」であるような特製のサイコロを使ったりすれば、天文学的な確率でしか起こり得ない形で邪魔神を倒し、特別なエンディングに辿り着けるかもしれません)。 そのため、明が邪魔神を倒すためには、何らかの特殊な出来事が起こる必要があり、それが何なのかはさまざまなフラグの組み合わせによって決定されます(必要なフラグが全く立っていない場合はゲームオーバーとなります)。 ここで、他のキャラクターからの助力などにより、最後の切り札としてのレーヴァンテインフレアを使用せずに明が勝利できれば、明は死なずに、生きたままでエンディングに辿り着くことができます。 一方、レーヴァンテインフレアを使用して邪魔神を倒した場合は、この技を使ったことによる当然の帰結として、明もまた「滅びの業火」に呑まれることとなります(これらの分岐はフラグの状態によって自動的に決定され、読者がその場で選択することはできません)。 ここでの明の「死」は、明の「生神力」(経験値)の高さに応じて、大きく分けてさらに2種類のエンディングへと分岐します。 ひとつは、邪魔神と明が相打ちとなったことを示唆する、明が不在のエンディング。 そしてもうひとつは、霊神将として究極までその力を高めた明が、「人間としての肉体」が燃え尽きた後に、こんどは不老不死の(戦って敗れれば滅びるが、定められた寿命をもたない)存在として生まれ変わり、未来において邪魔神が復活するたびに戦い続ける、というエンディングです。 (それぞれのパターンは、明の「主神」がどの神だったかによって、さらに3通りずつに分かれます。) 一方は、完全な死と消滅。もう一方は、「不死」の存在への「生まれ変わり」。これらは正反対の結末だとも言えますが、読者の視点からは、わかりやすい共通点を見て取ることができます。それは、これらのエンディングにおける地の文が、それまでのような明の一人称ではなく、外から見た三人称や、明以外のキャラクターの一人称のもとで記述されていることです。 明がレーヴァンテインフレアを使わず、生きたまま迎えるエンディングは10種類以上ありますが、そのほとんどのエンディングでは、それまでと同様に、明の一人称(俺)による語りの下で物語は幕を閉じます(1種類だけ、明ではない「俺」が語り手となる例外があります)。これに対して、明がレーヴァンテインフレアを使い、導入部分以来の2度目の「死」を迎えた場合は、明は物語のいちばん最後のパラグラフでだけ、読者に対して口を閉ざしてしまうのです。 相打ちの場合は、死んでしまった明はもちろん何も語りませんし、また、彼が語るべきことも、もう何も残されていないと言えるでしょう。明はヒーローとしてやるべきことをやり遂げて消滅し、あとには霊神将を失った主神と、ヒーローによって守られた世界が残され、物語は喪失感や寂寥感とともに静かに終わります。 そして、明が不老不死の存在として「生まれ変わった」場合、エンディングの中には明が登場するにもかかわらず、彼はあくまで外側から、彼のそばにいる「主神」の一人称のもとで、「俺」ではなく「明(さん)」として描写される対象になっています。そこではおそらく長い年月が過ぎ、邪魔神も何度か復活を遂げ、そのたびに明が邪魔神を倒してきたことが、彼の主神によって語られます。明はずっと「ヒーロー」としての役目を果たし続けているようですが、明はあまりに強くなっているため、もはやその戦いは、読者が見慣れた戦闘ルールのもとで展開されてきたような、「ヒーロー物」のお約束に沿ったバトルではなくなっているのでしょう。その意味では、たしかにこの(人間を完全に超越してしまった)明にも、もう「ヒーロー物の主人公」として読者に語るべきことは、何も残されていないようにも思われます。 作者によれば、明は「そもそも変身超人という時点で読者との一体化など無理」という割り切りのもとで書かれた、「ゲームブックとしてはかなり個性の強い主人公」です。そして『魔人竜生誕』の物語は、無色透明な主人公と一体化するのではなく、「主人公の行動・活動を見て楽しんでもらう」という方向性で構築されたものだとされています。 実際、地の文の語り手としての明は、ある意味では読者の視線を常に意識しながら、作品中での「ヒーロー」を(ときには突飛な言動も交えて)演じつつ、そこでの状況や心情を読者に対して語ります。さらには、戦闘やフラグなどのゲーム的な処理についても、同じ口調で読者に説明し、ときには指示を出してきます。 「俺」という一人称のもとでの、個性の強い明の語りは、読者との「一体化」には不向きだとしても、読者との「共演」には向いているように思います。ゲームブックという形式、ヒーロー物というジャンル、そうした型やルールやお約束の中で、明はそれを自ら演じながら、読者に「俺」の行動を選択させ、サイコロを振らせ、フラグを管理させ、物語をともにつくりあげるように働きかけます。 そして、物語の最初と最後において、そのような明の立ち位置を転換させる契機となるのが、明の「死」と「生まれ変わり」なのだと言えるかもしれません。 『魔人竜生誕』において、明の1度目の死、すなわち「一般人」としての死は、物語上の必然であり、明が「ヒーロー」として物語のメインステージに上がるための前提でもありました。作品の中核にある、「ヒーロー物の再現」として練り上げられた戦闘システムと、マルチエンディングにいたるフラグの積み重ねは、明の死(=魔人竜の生誕)を契機として本格的に動き出し、そのときから、ヒーローとしての明と、それを見て楽しみつつ、能動的に物語に関与する読者との共演は始まります。 これに対して、明の2度目の死、すなわち「ヒーロー」としての死は、物語上の必然というわけではありません。明がどこまで強くなったか、他のキャラクターとどのような関係性を築いてきたか、それらの要素の組み合わせによっては、作品はそのまま「俺」によって、それまでの物語と地続きのような形で語り終えられることになります。 しかし、明が「最後の奥義」であるレーヴァンテインフレアを使う展開になった場合は、明は2度目の死を迎え、辿り着く最後のパラグラフでは、もはや読者に自ら語りかけたり、何かを説明したりすることはありません。その死(あるいは、さらなる「生まれ変わり」の結果としての「不死」)と沈黙は、「俺」と読者との共演によってゲームブックという形式で展開された「ヒーロー物」としての物語の終わりを、より強く印象づけるもののようにも思われます。 ■おわりに 『ゲームブックにおける死と物語』の第6回となる今回の記事では、「ヒーロー物」としての『魔人竜生誕』における死と物語について考察しました。 第1回から第4回までで取り上げた各作品には、サイコロを使った戦闘システムはありません。そこでの主人公の死は、主人公(読者)が特定の選択肢を選び、死のパラグラフに辿り着いた結果として生じるものでした。 それらの死は、主人公が遭遇する状況の困難さや、置かれた環境の厳しさ・苛酷さ、あるいは悪意や敵意の存在などを、物語の一部として読者に提示する役目を果たします。また、「輪廻」や「時の魔法」や「予知」といったギミックによる死のキャンセルや、複数の主人公たちの異なる視点からの描写などを通じて、それらの死は、それぞれの作品のテーマ・システム・パラグラフ構造とも有機的に関連しながら、物語を多層的・立体的に構成していきます。 一方、『魔人竜生誕』における主人公の死は、特定の選択肢の先に用意されているわけではありません。それは、邪魔神の眷属たちとの繰り返される戦いの中に、サイコロの出目という偶発的事象にも左右される形で、いつか発現するかもしれない可能性として潜在しています。 この作品では、物語の中に「死のパラグラフ」を散りばめるのではなく、工夫された戦闘システムの中に物語性のある「死の可能性」を織り込むことで、「ヒーロー物」としての作品世界に合致する形で、ゲームブックとしてのゲーム性と物語性をともに担保しているのだと言えるでしょう。 また、第5回で取り上げた『ミラー・ドール』(著:杉本=ヨハネ、2008年、FT書房)は、主人公が自らの血肉を与えた「ドール」とともに旅をし、その生と死に深く関わる物語でした。この作品における主人公とドールの運命には、それまでの旅の過程を反映する「献身点」が大きな影響を与えるとともに、ある程度の偶然性も関与します。 これに対して、『魔人竜生誕』は、いちど死んだ主人公が彼の「主神」によって霊神将としての力と命を与えられ、主神とともに敵と戦う物語です。 明は決してドールのように従順で無口なキャラクターではありませんが、それでも主神を大切に思い、彼なりに最善を尽くして戦い、最終決戦の展開次第では、彼か主神のいずれかが命を落とすことになります。そこでの彼らの運命は、やはりそれまでの邪魔神の眷属たちとの戦いの過程における、さまざまなフラグの積み重ねに左右されるでしょう。 いわゆる「剣と魔法」の世界を舞台として、硬質な二人称で綴られるファンタジー作品と、21世紀の日本を舞台として、個性の強い一人称で語られる「ヒーロー物」の作品。 前回の『ミラー・ドール』と今回の『魔人竜生誕』は、全体的な雰囲気やシステムにおいては互いに大きく異なる作品同士ですが、いずれもある意味では命を「与えた者」と「与えられた者」とのつながりを軸とした作品です。そして、『ミラー・ドール』では「与えた者」、『魔人竜生誕』では「与えられた者」を主人公とした上で、それぞれの視点から物語が進み、そのような「命」を介した関係性の積み重ねが、物語の最終局面で意味をもつことになります。 これらの作品からは、ゲームブックにおける死と物語に関する、あるひとつの抽象的な構造と、その具体的なバリエーションの幅広さを、ともに見て取ることができるようにも思います。 【書誌情報】 松友健『魔人竜生誕』(創土社、2006年) 松友健『魔人竜生誕』(幻想迷宮書店、2016年) 松友健『駄人間生誕』(ホームページ、2006年〜) https://matutomoken.web.fc2.com/ ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 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2026年5月19日火曜日
2026年5月18日月曜日
アランツァへのいざない 第4回 FT新聞 No.4863
おはようございます、自宅の書斎から杉本です☆ ◆貨幣と流通 アランツァ世界の種族たちは、それぞれが異なる時間軸のなかで生きています。善の種族では 寿命がもっとも長いのはエルフで、次がドワーフ、人間、コビット、ノームの順に短くなっていきます。 それぞれの寿命の違いは、種族の人生観や生活スタイルに大きな影響を与えます。総人口はそれなりでも、大規模な経済流通が育ちづらい傾向がここにあります。価値間が異なるものどうしが集うとき、同じ都市に住まうとしてもその行動の指針はバラバラです。 貨幣は絶対的な価値を持ちません。問題なのは購入機会です。アランツァにおいては隣の街で当たり前に売っていたものであっても、隣の街ではまったく見かけないことが頻繁にあります。商人たちは品物を持って移動し、買ってもらう努力をしています。しかし、その品揃えはそれほどよくありません。ある都市で作られるものは、その都市でしか手に入らないことが珍しくありません。 貨幣と流通:貴金属や宝石 アランツァ世界でもっとも流通している貨幣は、金貨と銀貨です。金貨1枚は銀貨10枚に相当します。銅貨もあって、銀貨1枚=銅貨10枚ですが、こちらはあまり冒険で見かけません。 もっとマイナーな貨幣として、オリハルコンがあります。オリハルコン貨1枚は金貨100枚に匹敵します。これは優れたゴーレムを製作するさいに役立ちます。 武具に使われる金属も価値があります。アダマンタイト、カーグ鋼、幸鉄鋼などです。優れた武具などの製作に役立ちます。1枚が金貨10枚に匹敵します。 硬貨は1枚あたり50グラムですが、1人が所持する合計枚数が100枚以下のときには重さとしてカウントしません(100枚あたり装備品欄ひとつが必要です)。 宝石にはさまざまな種類があり、大きさや品質などによって価値もまちまちです。ひとつ言えることは、宝石で支払った場合にはお釣りがもらえない、という流通世界の実態です。宝石はそういう意味で、貨幣としての役割を完全に果たしてはいません。 貨幣と流通:食料 食料の中心は小麦と米で、これらもしばしば貨幣と同じように扱われます。小麦と米は価値としては同等です。装備品枠ひとつを埋める小麦/米は5キログラムほどで、金貨5枚の価値があります(つまり、1キログラムの小麦には金貨1枚の値が相場としてつくというわけです)。 ◆アジール 「アジール」は「聖域」「避難所」などと訳される概念で、中世における、争いごとを持ち込んではならない、罪人が捕まえられることのない場所です。ヨーロッパに限らず、たとえば日本にもありました。お寺に逃げ込んだ人を、岡っ引きが手出しできないような時代劇のシーン、見たことありませんか。そういうのの中世ヨーロッパバージョンです。「アジール」には、宗教的な理由からそうなっている場所と、実際的な理由からそうなっている場所とがあります。 アジール:宗教的な「聖地」としてのアジール たとえば、前者は寺院のなかが挙げられます。宗教的に「神聖」だから、などの理由によって、俗権力が及ばない場所として存在します。 アジール:実際的な理由からのアジール 後者は渡し船の上などです。渡し船は経済や人間の流通上大切なものだったことに加え、船の上つまり川という、しばしば領地としてはあいまいな場所でした。その川が2つの領地の境目だった場合、どちらの側のトラブルかで揉めると、ややこしいことになりかねなかったわけです。 そこでのもめ事を避けるため、公権力の不可侵な領域としたのでしょう。 船でのゴタゴタの例を、少しご紹介します。追っ手に追われて逃げてきた犯罪者が、渡し船に乗り込んだとします。追っ手がそこに追いついたとしても、船上での逮捕はできません。厳格な、守らなければならないルールにのっとって、物事が粛々と進められました。 まず、船の前方に犯罪者が乗り、後方に追っ手が乗って、間に船頭がいるカタチで船を進める。 反対岸に着いたら犯罪者がまず逃げる。 一定の時間をおいて、追っ手がそれを追う。 アジールに逃げ込んだことによって中断された追いかけっこが、しかるべき手順に沿って再開されるというわけです。 その他のアジール:宿 宿もまたアジールの一種です。宿主が誰かを家に泊めてあげると決めた場合、その宿泊客がたとえ犯罪者であると分かっても、宿泊の期間中(最大3日ほど)は警察に引き渡すことがはばかられました。これも一種のアジールとして認められます。 その他のアジール:宴会の席 社交場のひとつとして用意される正式な宴会の場では、争いごとの因縁をその席に持ち込むことは許されませんでした。宴会が終わるまで、待たなければならなかったというわけです。 これも、アジールです。 アランツァ世界のアジール アランツァ世界のアジールは、聖フランチェスコの街壁にある「救済の輪」が有名です。渡し舟や聖堂内、宿などでも戦いが禁じられていて、そういった場所では襲撃を行うことができません。別の例では、自治都市トーンにある「白い家」が知られています。人々はすべての身分と立場を「家の外に置いて」家に入らなければなりません。敵対する集団の代表どうしが話し合う際に使われることもしばしばです。 ◆フェーデ フェーデをどう訳したらいいのか、私には分かりません。「自力救済」と訳されることもあります。「武力行使」のほうがしっくりくる感触もあります。 フェーデというのは、権力を与えられた王様などがちょっとした際に「やり過ぎてしまった」とき、これに武力でもって抵抗する行為のことを指します。 「おう、ウチの土地を勝手に切り取ってくなや!」 「おう、いま侮辱したな! 謝らんのか!」 「ウチの領民を傷つけたんやってなあ!」 主に土地などをむやみに侵害されたときや、恥辱を与えられた際に行ったとされています。 ポイントは、このフェーデは15世紀末まで諸貴族の権利としてちゃんと認められていた、という点です。 中世ヨーロッパにおける王様の力は、時期によって異なるものでした。中世初期の頃はいわゆる「天下統一」が進んでいませんから、ヨーロッパ全土における王様は中期や後期と比べて数が多かったわけです。王様の数が多いので、各王の統治するそれぞれの領土は小さいわけです。 だから、初期の頃のほうが個々の王様の持っている実力は小さなもので、その支配力もしれていました。 本当に初期の王様というのは、貴族が何人かいる中で誰か1人が代表にならなければならないような状況で「じゃあフェルナンドさんやってよ」ぐらいのノリで決まっただろうというレベルのものだったわけです。後に子孫が超大国の王となるフェルナンドさんも、最初はそんな感じだったのですよ。だから、権力を持ってはいましたが、それは相対的なものに過ぎませんでした。 そんな風に「周りの貴族よりも頭ひとつ分ぐらい権力を与えられた」程度の王様では、頼りになりません。警察が頼りない街みたいなものです。市民1人1人が銃で武装するような感覚で、貴族たちは武装したわけです。「そもそも頼りにする気がない」点も一緒ですね。 アランツァ世界におけるフェーデは、冒険者たちに対して都市が不当と思われる要求や態度をとったさいに発動します。冒険者たちは「正当な権利」として、彼らに戦いを挑むことができます。街で仲間を不当に拘束された、コロニーの所有物を接収されそうになった……今でいう主権侵害が行われるとき、フェーデを発動することができます。この戦いは「王の権威を損なう不遜なもの」として行われるのではありません。権利を侵害された冒険者たちが、「尊厳を回復するために行う正式な手続き」なのです。 ◆裁判と決闘裁判 裁判に対して不服を感じるとき、冒険者は決闘裁判を申し込む権利を有しています。決闘裁判はその街の闘技場で、当事者である冒険者とその仲間が戦う権利を有します(パーティ全体で戦うということです)。戦う相手は市が用意します。おそらくは街の衛兵か、奴隷化された悪の種族が登場するでしょう。 決闘裁判はフェーデの一種であるため、これもまた「尊厳を回復するために行う立派な行為」とみなされます。ただし、勝利しなければ、神に認められた正当性を得ることはできません。神の加護がある者が、負けるはずがないのですから。結果がすべてなのです。 ◆はざま アジールとフェーデは人と人との間に生まれたならわしですが、はざまはアランツァというファンタジー世界特有のものです。 アランツァ世界では1年は365日ですが、その内訳は少し異なります。1ヶ月は30日で、12ヶ月で360日あります。残りの5日間は『不運の日々』と呼ばれていて、12月30日の後に訪れます。不運の日々の間は太陽が姿を隠し、5日間ずっと世界が闇で覆われます。不運の日々の間、死者の霊がエヴァシュネからアランツァにやってくるので、森や荒野、街の通りなど、安全な場所はほとんどなくなります。そのため、5日間外に出ないのがアランツァの習わしになっています。 ・闇のとばりの日(1日目) ・霊魂の舞い降りる日(2日目) ・覚めぬ眠りを知る日(3日目) ・漆黒たる沈黙の日(4日目) ・狂った夜の祭りの日(5日目) この世界には『はざま』と呼ばれる何かが存在していて、誰でもそこに落としものをします。記憶を忘れてしまうこと。ちょっとした小物。やれていたことが急にできなくなること。いきなり情熱を失ってしまうこと。どのくらいの割合かは分からないが、それらの一部は『はざま』に落としたことで生じると言われています。 不運の日々は1年の「はざま」にあたり、失ったものを取り返すチャンスでもあります。都市の広場では『とばり市』と呼ばれる、この世の者たちではない何かが開く市場が5日間続きます。そこで扱われるのは人々が『はざま』に落としたものが中心で、普通は金で手に入らないようなものがたくさんあります。どこの大都市でも、霊とも妖術使いともつかぬ者たちがうろつきます。 領域的なはざま 不運の日々は「時間的なはざま」ですが、領域的なはざまも存在します。アランツァとエヴァシュネは重なり合うふたつの世界ですが、両者の間にもはざまが存在していて、ふたつの世界を行き来しようとすると、魔法使いは魔力をどこかに「落として」しまうことが知られています。 エルフたちはガリンカの精霊から導きを受けて、ふたつの世界にあるこのはざまに入り込む術を身に着けたとうわさされます。彼らの里がそのはざまにあるという話も、まことしやかにささやかれています。これはナーガたちと同様です。ナーガやラミアは世界のすき間が、ふたつの世界のどちらからも安全であることを知っているのです。とはいえ、彼らにも食料をはじめとする日用品が必要不可欠ですし、はざ間にとどまるには膨大な魔力が必要で、その魔力を維持するための「栄養」も摂取しなければなりません。結果として、彼らはアランツァとエヴァシュネの両方を、必要な糧を求めて定期的に探索します。 それではまた!
2026年5月17日日曜日
ローグライクハーフシナリオソムリエ その4『我ら、その速さに命運を賭す』 FT新聞 No.4862
◇◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ローグライクハーフのシナリオソムリエ(自称)の本日のおススメシナリオ その4『我ら、その速さに命運を賭す』 天狗ろむ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇◆◇◆ おはようございます! 「1人用TRPGローグライクハーフ」の楽しさに魅せられ、ローグライクハーフのシナリオソムリエ(※)を目指す編集部員、天狗(あまく)ろむです。 (※ワイン専門の給仕人ソムリエのように、皆様のローグライクハーフのシナリオ選びの際の手助けが出来る人になりたいな、くらいの意味です) さてこちらは、特に「個人制作シナリオの周知」を目的としたローグライクハーフのシナリオの紹介記事です。 ローグライクハーフのシナリオには「特殊ルール」が設けられることがあります。たとえば公式シナリオであれば、ぜろさんによるリプレイが連載されていた『巨大樹の迷宮』。こちらは巨大樹を登っていくにつれ、【高度】が上がるルールになっています。【高度】が上がると敵のレベルやトラップの難易度も上がる代わりに、宝物などもより高価なものになる可能性が上がる……という、ハイリスクハイリターンな「特殊ルール」となっています。上に向かう程に冒険の厳しさを増す巨大樹を登っていく感覚が「特殊ルール」に含まれているので、その点でもとても楽しくスリリングなシナリオです。 そんな、シナリオの楽しさの肝にもなる「特殊ルール」を、自作シナリオに取り入れてみるのはいかがでしょう? ローグライクハーフは基本ルール自体が軽めなので、「特殊ルール」を設けてもそれほどにはプレイヤーの負担になりません。勿論、限度はありますし、ルールの簡略化などは必要かと思われますが、自作シナリオのオリジナリティは各段に上がると思いますので、ぜひ試してみてください! 今回のシナリオ紹介記事の第4弾は、そんな「特殊ルール」が上手く組み込まれた、午年の今年にピッタリのシナリオです。FT新聞にて「写身の殺人者」「怨霊列車は夜笛を鳴らす」のリプレイ連載もされている、東洋夏さんより頂きました。ありがとうございます! まずはご本人から紹介して頂きましょう! ◇◆◇◆◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ こんにちは。 東洋 夏(とうよう なつ)と申します。主にXにて、ローグライクハーフのリプレイを書いて楽しんでいるものです。現在リプレイ掲載中ですので、記憶にある方もいらっしゃるかもしれません(ありがとうございます)。 さて、最近はリプレイのみならずシナリオ執筆にも力を入れています。 今回紹介する作品タイトルは『我ら、その速さに命運を賭す』。 ジャンルはずばり「レース」! 主人公は、ナリクの草原から王都まで駆け抜ける命懸けのレースに挑み、一位を狙います。 障害物あり、クリーチャーあり、ハプニングありのサバイバルレース。 果たしてあなたの主人公は、〈速さ〉の頂点に立つことができるでしょうか? ・形式:d33 ・世界観:アランツァ ・難易度:普通 ・プレイ時間:10ー15分 ・適正レベル:10〜 ・対象年齢:10歳以上 ・シナリオの公開場所:TALTO talto.cc/projects/3MuY9FBe8_BJpJ6xuakLO 作者が競馬好きなので、仲間と協力するのではなく、個としての真剣勝負を表現できるシナリオを作ってみたいと考え、制作に取り組みました。 チームの中での順位を表す【順位点】、ライバルとの一騎打ち【競り合い】、走者として目覚める素質【レーススキル】というオリジナル要素を組み込み、スリリングなレース表現を追求しました。 d33ながら、このシナリオでしか味わえない冒険を体験していただけるはず。 もちろん競馬をご存知なくても、問題なく楽しめます。駆けて競うことの楽しさや熱さ、ひりつく感じが少しでも伝われば、作者冥利に尽きるというものです! また、このレースシナリオの各種ギミックは、参考文献にこのシナリオ名とTALTOのURLを明記していただけましたら、どなた様でも利用可能です。 アランツァ世界各地でレースが開催されたら楽しいだろうなと思いますので、お気に召したら、是非シナリオ制作にも挑戦してみてくださいね。 利用の際は基本的に報告不要ですが、教えてくださると大変嬉しいです。私も走りに行きたいものですから! ◇◆◇◆◇ ご紹介ありがとうございました! 『我ら、その速さに命運を賭す』のあらすじとしては、ラドリド大陸の〈神聖都市ロング・ナリク〉西端に位置する、貴族リエンス家の領地の地下で墳墓が発見されたことから始まります。そこに眠っていたのは、〈ロング・ナリク〉の主要な信仰であるセルウェー教勢力に追い立てられた騎馬民族の王クル・レン・ミロティン。【アンデッド】として蘇った王とその配下の戦士たちは、リエンス家に宣戦布告をします……この地の正当な支配者は自分たちである、と。 譲る気など毛頭ないリエンス家の当主ブラークが戦闘を避けるべく交渉をした結果、〈ロング・ナリク〉の王都までの「速さ比べ」で勝負をすることになったのでした……つまり「レース」ですね! 主人公は、リエンス家側の助っ人として「レース」に参加することになります。ですので、馬などの【騎乗生物】を所持しているか、自分自身が【騎乗生物】タグを持つ主人公でなければ、参加資格がありませんのでご注意ください。 通常の主人公であれば、拡張ルールの職業【獣使い】の特殊技能の1つ【竹馬の友】を選べば、【騎乗生物】である「軍馬」「乗用馬」「オストリッチ」のいずれかを無料で入手できます。また、「種族」で遊べるサプリメント『ヒーローズオブダークネス』の「ケンタウロス」は【騎乗生物】のタグを持つ主人公です。 天狗ろむ調べになりますが、最も安く買える(今回の参加条件に一致する)【騎乗生物】は『ヒーローズオブダークネス』の【悪の種族】である「オーク」や「ゴブリン」、「吸血鬼」などが購入可能な「魔犬獣」で金貨20枚。次に安かったのは、『混沌迷宮の試練』の舞台〈混沌都市ゴーブ〉や『雪剣の頂 勇者の轍』などの舞台〈北方都市サン・サレン〉、『エメラルド海の探索』の舞台〈貿易都市ビストフ〉の都市サプリメントにある、「ポルルポルル」(これは「オストリッチ」の別名で、いわゆるダチョウ)で金貨35枚でした。金貨200枚もする象のような「エレファス」などと比べるとお手頃価格とはいえ、どちらも初期装備(大抵は金貨10枚)では買えないため、さくっと遊びたい方は上述の「獣使い(【竹馬の友】が必須)」か「ケンタウロス」の主人公で挑むのが良さそうですね。 冒険を経た上で【騎乗生物】をゲットしたい! という方は、他の冒険で金貨を稼いでいただいて、各種都市サプリメントの飛行能力のない【騎乗生物】を購入してから挑んでもらうか……『混沌迷宮の試練』での冒険中、あるいは電子書籍で販売中の『戦場の風』冒険開始時に、それぞれ【騎乗生物】を金貨不要で入手可能ですので、そちらから始めてみるのも良いかもしれません。 (あと冒険中に【騎乗生物】を入手できる可能性があるのは『常闇の伴侶』、他の都市サプリメントですと『蛇禍の悪魔』『失楽園奇譚』の舞台〈ポロメイア小国家連合〉で「ポルルポルル」の別名の「オストリッチ」、『炎の王墓』の舞台〈山岳都市カザド・ディルノー〉で「ポルルポルル」と同額の「ドゥルドゥル」がいますが、現時点では書籍化されていません。FT新聞での配信時のデータを持っているのであれば見てみてくださいね)。 【騎乗生物】を用意出来たら、あとは【レーススキル】をダイスで決めます。「闘魂着火」や「豪脚一閃」など格好いい名前のものが用意してあり、それぞれレースに有利になるスキルとなっていますので、よく読んでおくことをおススメします。スキルによっては使いどころが大事になってくるので、これもまた面白いポイントの一つ。ここぞ! という時に使って優勝を目指しましょう。 そして、このシナリオの肝が【競り合い】のルール。それぞれの思惑を持ったライバルたちとの「戦闘」はこのルールで勝敗を決めます。要するに【判定ロール】の達成値を比べて、高い方が勝ち……なのですが、ローグライクハーフの戦闘とはまた異なり、1回だけのダイスロールで決まることも多く、ダイスを振るときに特に緊張感があります。この【競り合い】に勝つと、【順位点】が下がり(【順位点】=順位なので、低い方が良いのです。勿論最小値は1(位)!)、かなりレースに有利になりますが、負けた時は引き離されて【順位点】が上がり、優勝が遠のいてしまいます。 ライバルの中には、FT新聞読者の貴方なら見覚えのあるであろうキャラクターたちも登場しますよ。会えたときは是非、正々堂々と【競り合い】勝負してみてくださいね。 これら【順位点】【レーススキル】【競り合い】の「特殊ルール」は、本来のシナリオ制作の規約ですと使えないのですが、今回は東洋さんのご厚意で利用可能とのことですので、「特殊ルール」を自分で思いつくのは難しいけれど、「特殊ルール」を使ったシナリオは作ってみたい……という方は、これらを使わせていただいてシナリオを考えてみるのも楽しいかと! もし制作なさいましたら、「シナリオ紹介記事」にて是非紹介させてください! ご連絡をお待ちしております! そしてこちらは余談ですが……ローグライクハーフは基本的にはPC2人までの遊びとなっています。なのですが、私はPC3人で遊ばせていただきました。【騎乗生物】の「軍馬」に乗った聖騎士、「相棒」ルールで【騎乗生物】を相棒にしている獣使い、そして自身が【騎乗生物】であるケンタウロス、とそれぞれ変化をつけてのプレイ。何せローグライクハーフは1人用TRPGですので、この辺りは自由なのです!(データ管理がちょこっと大変になりますがね!) 今回のシナリオでの遊び方も記しておきますので、ご参考までに。 まず、【順位点】の低い順に、キャラクターごとに〈できごと〉をめくり、処理を行います。1枚目の〈できごと〉として3人全員がそれぞれ別の〈できごと〉を体験したら、また【順位点】の低い順に〈できごと〉をめくっていきます。このサイクルで、一本道モードを進めていきます。この時、たとえば1人目が出目12をめくっていて、2人目が同じく出目12を出したら、出目を1つ足した出目13をめくります(出目13もめくられていたら出目21とします)。固定イベントは3人それぞれで処理をします。 〈できごと〉の結果、【順位点】が同値になった場合は、そのキャラクター同士ですぐに【競り合い】を行い、負けた方の【順位点】に+1します。たとえば【順位点】2同士で【競り合い】をした場合、負けた方が順位点3になる形です。この結果で更に他のキャラクターと【順位点】が同値になった場合、再び【競り合い】を行い、【順位点】が同値のキャラクターがいなくなったら次に進みます。 自分の作った主人公キャラクター同士が(戦闘によらない)バトルを繰り広げてくれるので、安心かつ新鮮な気持ちでとても楽しく遊ばせて頂きました。主人公キャラクターが多い方は、こんな遊び方もおススメかもしれません。 中央競馬のクラシック三冠とされる、皐月賞では「最も速い馬が勝つ」、日本ダービーでは「最も運のいい馬が勝つ」、菊花賞では「最も強い馬が勝つ」……という昔の格言があるそうですが、こちらのレースではどれもが重要かもしれません。最終イベントまでに【順位点】を1にしなければならないので速さは言うまでもなく、【競り合い】などはダイスで決めるので【運】も大事。通常の戦闘も無い訳ではないので、そもそも弱いと負けてしまいますからね。 そんな激闘になるであろうレースの最後に待ち受ける騎馬民族の王に、「速さ」のみで勝つことが出来れば、格好いい【称号】もゲット出来ますよ。私は何度か(しかもPC3人投入して)遊ばせてもらっているのですが、未だにゲットならずで悔しい限りです……! (こちらのシナリオをお気に召した方には、更に難易度の高くなった、『我ら、その速さに命運を賭すDX』もおススメしておきます。より手強くなったライバルたちに、貴方は勝てるでしょうか!) プレイしてみた感想は、FT新聞の感想フォームからでも、作者さん自身に直接でも、どうぞお気軽にお寄せください! それでは、今回はここまで。次回のシナリオ紹介記事にてお会いしましょう。 貴方に良き冒険のあらんことを! 天狗ろむでした! ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください) ---------------------------------------------------------------- メルマガ解除はこちら https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2026ft0409news@blogger.com ※飛び先でワンクリックで解除されます。
2026年5月16日土曜日
FT新聞1ウィーク! 第692号 FT新聞 No.4861
From:水波流 TRPG『ストームブリンガー』の事を考えていたら、久々にプレイをしたくなりました。なんだかんだで中高生の時に一番遊んだシステムなんですよね。 そういえばGoodman Gamesがエルリックの権利を取得して、5eと Dungeon Crawl Classics で展開するという記事を読みました。 日本語化もされるといいなぁと思いつつ。 From:葉山海月 今やその効果について賛否両論な「サブリミナル効果」ですが、ある方の意見によると「そもそもサブリミナル効果」がどのようなモノかわからないと効果がない。んだそうです。 この辺「呪い」とよく似てるなと思うんですが…… From:中山将平 5/17(日)に僕ら、インテックス大阪で開催の「関西コミティア76」にサークル参加します。配置は【C-11】。 僕自身はその隣の【C-12】にて、「ギルド黄金の蛙」というサークルで現地にいます。 また、5/23,24(土日両日)には僕ら、幕張メッセで開催の「ゲームマーケット2026春」にサークル参加予定です。 こちらの配置は【に42】です。 当日発売の新刊は2冊。「ロ—グライクハーフ 常闇の伴侶」と「ヒューマンズ!ヒューマンズ!」。 僕自身も現地に行きます!(カエル人の本も扱う予定です) ぜひ遊びにお越しいただけましたら! さて土曜日は一週間を振り返るまとめの日なので、今週の記事をご紹介します。 紹介文の執筆者は、以下の通りです。 (天)=天狗ろむ (明)=明日槇悠 (く)=くろやなぎ (水)=水波流 (葉)=葉山海月 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■5/10(日)~5/15(金)の記事一覧 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2026年5月10日(日)ロア=スペイダー FT新聞 No.4855 Re:オレニアックス生物学 Vol.3 『マンドラゴン』 ・過去の人気記事を再配信するReシリーズとして、聖オレニアックス剣術学校のカメル・グラント教授による、アランツァ世界のクリーチャーたちに関する「生物学」の講義をお届けしました。 第3回目は『マンドラゴン』。名前からするとドラゴンのような、マンドラゴラのようなクリーチャーですが、見た目は背中に木を生やした大きなトカゲに抱きつく裸の女性……さて、カメル教授は「どっちがマンドラゴンか?」と問いかけてきます。百竜の森のドラゴンは、ユニークな生態が多くてワクワクしますね。問いかけの答えは、是非記事にて! (天) 2026年5月11日(月)杉本=ヨハネ FT新聞 No.4856 「アランツァへのいざない」第3回 アランツァ世界の紙事情 ・FT書房が展開するファンタジー世界「アランツァ」について深掘りする本連載、今回のお話は「紙と識字率」についてです。 アランツァ世界の紙は大きく分けて2種類。ひとつは「獣皮紙」で、もうひとつは「植物紙」です。 「獣皮紙」は造語。なぜヨーロッパ世界における「羊皮紙」ではないのか? そこには知的探究心に裏打ちされた納得の説明が! 「植物紙」における「植物」も「紙」も、現代で私たちが手に触れられる形そのままではありません。 高価なものには、主に魔法のスクロール(巻物)の素材として使われる「トレント皮紙(樹人皮紙)」という代物さえあります! アランツァには文字を読める人も読めない人もいますが、冒険者の識字率は驚異の100%! 大いに読みましょう! (明) 2026年5月12日(火)丹野佑 FT新聞 No.4857 Re:インセンティブ(後)@20代からのゲームブック123 ・『戦場の風』『きみへ贈る詩』などの著者である丹野佑氏による、10年ほど前にFT新聞で連載されていたコラムの再録シリーズです。 先週配信された前編に引き続き、今回のテーマは「インセンティブ」。読者に先を読み進めてもらうための動機付けとして、作品の中で「約束」を行うことが効果的だと丹野氏は考えます。 これらの「約束」の中には、文学作品やゲーム全般に共通する要素もありますが、ゲームブックならではの、先の展開などが「ちらっと見えて」しまうことも「約束」として機能する、という着眼点が興味深いですね。そのような「約束」の発生にあたっては、作品の媒体やレイアウト、イラストなどによる影響も大きく、ゲームブックが文章やルール以外にもたくさんの要素から成り立っていることにも改めて気付かされました。 (く) 2026年5月13日(水)ぜろ FT新聞 No.4858 第4回【クトゥルフ深話(クトゥルー短編集2 暗黒詩篇)】ゲームブックリプレイ ・軽妙な語り口でお馴染みの、ぜろ氏のリプレイ第491回。今回は、山田賢治氏の短編ゲームブック『クトゥルフ深話』の最終回と感想です。この作品には、クトゥルフものでありながら超重要アイテムがサクサク入手できるスピード感や、読者自身の現実世界での行動とのリンクなど、意欲的ゆえに賛否両論分かれそうでもある試みが盛り込まれていましたが、皆さんの感想はいかがでしょうか。 ちなみに、ぜろ氏の感想内の「ジョンズシステム」とは、杉本=ヨハネ氏の考案による、ゲームブック『盗賊剣士』で採用されているシステムです(「ジョン」は「ヨハネ」の英語読み)。杉本氏曰く、ジョンズシステムは「安定した世界(昼間・探索・双方向)と不安定な冒険の世界(夜・冒険・一方向)が交互に起こる場合」に十全に機能するシステムとのことなので、このような観点から『クトゥルフ深話』とジョンズシステムとの相性を考えてみるのも面白いかもしれません。[参考:FT新聞 2013/07/23(No.182)、2013/07/27(No.186)] (く) 2026年5月14日(木)岡和田晃 FT新聞 No.4859 『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』は問いかける——人間とは何か、と。 ・岡和田晃氏による、ゲームマーケット2026春で先行発売となる『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』日本語版の紹介記事です。 トンネルズ&トロールズのデザイナーである、ケン・セント・アンドレによって、本作に込められた思いを読み解きます。例えば、人種差別(racism)に直結しないよう「種族(race)」という言葉を使わず「species(種)」としていたり、職業には「階級」や「階層」を想起させる「クラス」ではなく「プロフェッション」という言葉を採用しています。 一方で、どの職業につくかは一概に等しいチャンスが在るわけではなく、2d6でもっとも出やすい7にあるのは農民。ケンがイメージする世界観では、社会は本質的には平等であるべきだが、実際にはそうなってはいない、という矛盾をも表現しえているわけです。 ケン・セント・アンドレがデザインした「ストームブリンガー」でも、ランダムダイスで職業表を振るのですが、農民や乞食など、ヒーローらしからぬ職業になりがちな事に対し、ケンは「俺や君が暮らすこの世界も、平等でも公平でもない。だからいいんじゃないか!俺たちはどの世界でも、渡されたもので頑張るしかないんだ。それが冒険なんだよ」とコメントしていたのを思い出しました。 (水) 2026年5月15日(金) ぜろ FT新聞 No.4860 第2回 水曜ゲームブックリプレイの思い出 ・FT新聞にて驚異の連載回数を誇る、ぜろ氏のゲームブック(+ローグライクハーフ)リプレイ。 今回も、そのリプレイの中に詰まった思い出を、熱く語ります。 作品名は、『断頭台の迷宮』 リプレイの裏話はもちろん、作者である清水龍之介氏のことまで。 さらには、その当時のゲームブックの背景の香りさえただよってきます。 当時の「熱さ」を知る方には、まさに宝石箱! な一本です! (葉) ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ■FT書房作品の通販はこちらから☆ FT書房 - BOOTH https://ftbooks.booth.pm ■FT書房YouTubeチャンネルはこちら! https://www.youtube.com/channel/UCrZg-eTeypwqfjwQ4RNIvJQ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■FT新聞が届かない日があった場合 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ FT新聞は休刊日でも「本日は休刊日です」というメールが必ず届きます。 未着の場合は、まず迷惑メールフォルダを一度、ご確認下さい。 もし迷惑メールにも全く届いていない場合は、それは残念ながらお使いのメールとの相性問題などで未着になっている可能性があります。 このところ各社のメールセキュリティ強化のためか未着のケースが複雑化しております。 未着の場合は、下記ページをご参考頂き、個々のアドレスの受信許可設定をお試しください。 https://ftnews-archive.blogspot.com/p/filtering.html *10回未着が続いた場合、そのメールアドレスはシステムより自動的に登録解除されます。再度登録する事は可能ですので、未着が続いた場合は、お手数ですがご自身で再登録下さい。 また【バックナンバー保管庫】は公開期間が2週間ありますので、その間にご自身でテキストを保存されたり、自分で自分にコピーしてメールを送られたりする等、ご活用お願いいたします。 ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください) ---------------------------------------------------------------- メルマガ解除はこちら https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2026ft0409news@blogger.com ※飛び先でワンクリックで解除されます。
2026年5月15日金曜日
第2回 水曜ゲームブックリプレイの思い出 FT新聞 No.4860
第2回 水曜ゲームブックリプレイの思い出 FT新聞、水曜ゲームブックリプレイ担当のぜろです。 金曜日枠が空いているので、ふらふらっとたまに来ては記事を置いていこうかと思っております。 ここでは、自分自身がFT新聞で連載したリプレイを振り返りながら、思い出語りができればと思っております。 第1回は、2026年1月2日に掲載させていただき、「宝石島の脱出」と、その当時のFT新聞について語らせていただきました。 今回は第2回。「断頭台の迷宮」についてお話します。 ●その2 断頭台の迷宮 さて「宝石島の脱出」の次の連載は「断頭台の迷宮」にしないかと、杉本=ヨハネさんから提案されました。 ちょうどこの頃に、「断頭台の迷宮」のスマホプレイ版が出るという話があって、それに合わせてのリプレイ掲載ということでした。 「断頭台の迷宮」も、FT新聞が始まる前、2012年にプレイして、すでにmixiにて掲載していたものを流用するという形でした。 連載用に少し修正を入れる程度でしたので、この頃はかなり楽をさせてもらっていましたね。 作者は清水龍之介さん。 旧来のゲームブックの様式にとらわれない斬新なアイディアを多く持ち、その成功失敗を問わずに次から次へと投入する、才気あふれる方です。 後に超大作「魔の王の少年」「魔の国の王女」を執筆し、FT新聞連載開始時から「剣闘士ユーグ」を書いています。 「魔の王の少年」シリーズは3部で完結という話で、3巻が出そう、という話も聞いたことはあったのですが、その後音沙汰がないので気になっております。 商業的な事情であるとか、タイミング的なことであるとか、理由はいろいろあるかと思いますが、シリーズものとして始めたものは完結まで追いかけたいというのは、読者の切なる願いではあります。 だからね、「ガルアーダの塔」もね、ローグライクハーフ版もいいけどゲームブック版の続きも、と思うところがないでもないです。 が、やっぱりタイミングとやりたいことを優先するのが一番いいってのもわかってますので、願望だけ垂れ流しておきます。 この「断頭台の迷宮」は、FT書房の初期作品の中では、屈指の出来だと私は個人的に思っています。 ただし、高難度の作品ですので、あまりの難しさが肌に合わない方もあるかもしれません。 この作品の優れたところは、序盤はすごく簡単にコロコロとゲームオーバーを連発してしまいがちにもかかわらず、徐々に全体の把握ができると、きちんと攻略ができるような作りになっていることですね。 そんなふうに、試行錯誤をしながらきちんと考えて進めば、攻略できる、ただ難しいだけではないところがとても魅力的に映りました。 また、この作品は導入も引き込まれるものがありました。 主人公は記憶を失って、ダンジョンの奥、しかも奈落のような裂け目のふちで目が覚めるのです。 ちなみに最初のちょっとしたネタバレになりますが、目覚める前に寝返りでもうとうものなら、最速のゲームオーバーが待っています。 スーパーマリオブラザーズで最初のクリボーに当たって死ぬのといい勝負です。 そこからダンジョンを探索し、自分が覚えていない知人との出会いがあり、別れがあります。 難敵「ギロチンハンズ」との因縁めいた遭遇があります。 そうして、緊張感が増す中でダンジョンからの脱出を目指すのです。 ダンジョンは双方向のつくりになっています。 場面によっては、どちらから来たかによって展開が変化する要素も加えられています。 ラストには、宿敵ギロチンハンズも含めた、ちょっと意外な結末が待っています。 自身が記憶を失った事情とか、記憶を取り戻したらすごい設定が明らかになるとか、スタート時点ではそういう妄想もしていました。 でもどちらかというと、あくまで高難度ダンジョンの突破に重点が置かれたつくりになっています。 当時の私には、ゲームブックといえば400パラグラフ、という根拠不明の刷り込みがありました。 なので、100パラグラフでもこれだけ濃密な内容を詰め込める、ということに感動すら覚えました。 同じ作者が次に「見捨てられた財宝」という作品も書いておりまして、そちらはこの作品と対極でした。 冒険の達成値ごとにエンディングが分岐する形になっており、1回の冒険は短めに終わるようになっています。 この作品の次にプレイしたので、逆にもの足りなさを感じてしまったのを覚えています。 しかし、今にして思えば、それは作品コンセプトそのものの違いなわけで。 「見捨てられた財宝」の方も、クリアランクを導入するという面白い試みがされていて、ものすごい意欲作でした。 こうして「断頭台の迷宮」は、いつまでたっても私の中のゲームブックランキングで、常に上位をキープする作品になりました。 「断頭台の迷宮」リプレイは、FT新聞2013年版から2014年版で読むことができます。 FT新聞2013年版 https://www.amazon.co.jp/dp/B0B354RFVS FT新聞2014年版 https://www.amazon.co.jp/dp/B0B6BKZDNS 連載期間 2013年8月から2014年1月(全20回) 自分のリプレイの思い出語りをするだけのつもりだったのですが、周辺の記事が気になり、いろいろ目を通してしまいました。 こうしてみると、創刊当時の熱意すごい。 2013年の創刊当時は、清水龍之介さんの「剣闘士ユーグ」ですね。創刊と同時に配信するコンテンツでした。 これもメモ程度のリプレイは書きましたが、もっとちゃんと書きたい気持ちがあります。 丹野佑さんの「戦場の風」も2013年の終わりには登場しています。ちょうど「断頭台の迷宮」リプレイを連載していた頃ですね。 ほかにも、配信のみのゲームブック作品が多数登場しています。 最初の頃のFT新聞は、毎週日曜日にはミニゲームブックをお届けするという、今思えばそうとう無茶な挑戦をしていました。 そんな短距離走のような全力疾走な配信だったのに、こんなに長く続くなんて、つくづくどうかしていますね。 そして、FT新聞は、挑戦的な作品や短編を公開する場として機能していたんだなと思います。 挑戦作を、成功失敗を問わず世に出すことができる稀有な場所なのだと思います。 「断頭台の迷宮」リプレイは、私のmixiでも読むことができます。 ゲームブックリプレイ【断頭台の迷宮】目次 https://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=7076225&id=1941236433 ■作品情報 作品名:断頭台の迷宮 著者:清水龍之介 発行所・発行元:FT書房 購入はこちら 100パラグラフゲームブック集2 https://booth.pm/ja/items/2483162 ●おわりに さて、いかがでしたでしょうか。第1回の時には次は「断頭台の迷宮」と「大魔導城のワナ」についてお話すると言っていましたがすまん。ありゃウソでした。 「大魔導城のワナ」リプレイについては次回まわしにさせていただこうと思います。 不定期なので次はいつになるかはわかりませんが、たまに金曜記事を埋めに来ますので、よろしくお願いします。 みなさま方も、軽い気持ちで金曜日に記事を置いてくださいますと、私がうれしい気持ちになります。みんなで埋めよう金曜日。 では次は水曜リプレイでお会いしましょう。 ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください) ---------------------------------------------------------------- メルマガ解除はこちら https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2026ft0409news@blogger.com ※飛び先でワンクリックで解除されます。
2026年5月14日木曜日
『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』は問いかける——人間とは何か、と。 FT新聞 No.4859
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● 『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』は問いかける——人間とは何か、と。 岡和田晃 ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● 2026年5月23日、ゲームマーケット2026春での先行発売といたしまして、『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』日本語版がFT書房のブースでお目見えします。この作品に関しては、すでに杉本=ヨハネさんが「☆モンスター!モンスター!TRPG 新刊のお知らせ☆」(「FT新聞」No.4549)で紹介をしておられますが、屋上屋を架すことになるのも恐れず、私なりに、その読みどころを掘り下げてみたいと思います。 そもそも『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』とは何か? これは世界で2番目に古いTRPGと互換性のあるTRPGルールブックです。さらには、『モンスター!モンスター!TRPG』のサプリメントでもあります。 商業的なRPGの歴史は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に始まる、というのが通説ですが、D&Dはあくまでも「中世ウォーゲーム」と銘打っていました。自覚的にRPGを名乗ったのは『モンスター!モンスター!』初版(1976)が最初だと言いますから、それくらい記念すべき作品であるわけです。 ところが『モンスター!モンスター!』は、その名の通り、モンスターをプレイして人間たちへ復讐を仕掛ける、というのが基本コンセプト。そうした「逆転の発想」からスタートし、現行、ズィムララ世界で展開されている『モンスター!モンスター!TRPG』——『ケン・セント・アンドレによるズィムララのモンスターラリー』二分冊をご参照あれ——においては、人間中心主義が完全に転回された世界が再構築されています。 いわば、その文脈で人間をはじめとするおなじみのヒューマノイドたちは、どういう位置づけなのかを解説するというのが、『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』なのです。歴史的には、著者のケン・セント・アンドレは『トンネルズ&トロールズ』のデザイナーとして知られますが、T&Tの権利は現状、ケンのもとにはなく、Rebellion Unplugged社が『Tunnels & Trolls : A New Age』を開発中(現在、β版まで出来ています)。その状況で、T&T的な冒険を行うための裏ワザを——という安直なコンセプトなのではないかと、私としても当初は疑う部分がないではありませんでした。 けれども蓋を開けたら、そうではなく、新しい世界観のなかに、どう人間たちを再定位させるのか、というSF的というほかない問題意識による作品だということが、よくわかった次第なのです。 『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』は、「ケン、『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』を大いに語る」と題したおもしろコラムより幕を開けます。このコラムにおいては、〈小さき者ら〉が、モンスターだらけの世界で、どう生き延びるべきかが滔々と語られているのです。〈小さき者ら〉と言われれば、それこそホビットやハーフリングのような存在を意識してしまいますが、ここでは、モンスターから見た人間、エルフ、ドワーフらが、まとめて〈小さき者ら〉になっているのですね。 魑魅魍魎が蠢く、弱肉強食のズィムララ世界においては、〈小さき者ら〉は、頭を使い、戦略を練らねば、生存すらおぼつきません。様々な戦略が紹介されるなか、とりわけ大事になってくるのが、奇策(スタント)を駆使すること。 本コラムでは、『モンスター!モンスター!TRPG』第2.7版基本ルールブック(未訳)に出てくる奇策のルールを改めて紹介し、導入可能にすることで、スタンドアローンなヴァリアントとしての価値をもたらすことに成功しています。 そして本作においては、『モンスター!モンスター!TRPG』の根幹に関わる、大きな明確化がなされています。それは、原則的に「種族(race)」という言葉を使わない、ということです。raceという言葉は、それこそ人種差別(racism)に直結するから……というのが、その理由です。 自然科学的に言えば、それこそ人種という概念は架構されたフィクションにすぎません。肌の色や骨格といった、見た目にわかりやすい違いについては、人間の遺伝子の0.1%にも満たない差異にすぎないというのに、そこをクローズアップすることで「マイノリティを殺すこと」を正当化するというのが、昨今、社会問題になっているレイシズムの話ですが、ゲームタームのうえとはいえ、それを反復するのはやめてみよう、というスタンスなのですね。 かわりにケンが用いるのが、species(種)という概念です。例えば、ヴィーガニズム(菜食主義)のようなアニマル・ライツ(動物の権利)を守るための運動は、種差別に抗う営み、などという日本語で紹介されたりするわけです。 余談ですが、私の暮らすアルゼンチンでは新鮮な野菜や果物があちこちで売られているため、ヴィーガンとして生活するのは、そう難しいことでもありません。 他方で日本においては、ヴィーガンとしての生活を徹底させようとするのは、なかなか骨です。私も試みようとしたことはありますが、すぐに挫折してしまいました。 日本ではコンビニやスーパーで売っているお弁当やお惣菜の多くに、肉や卵が入っています。そうした肉や卵が、充分に動物福祉(アニマル・ウェルフェア)の保全された状態で生産されているのか、という点については、議論の分かれるところにもなっています。 ゆえに、ケンの「種」に関する問題意識は、大げさではなく、日本社会の現状へ一石を投じるものにもなりえているのですが……。ただ、日本語のゲーム上で「種族」を「種」に置き換えたからといって、その差分はわかりづらいですね。 そこで『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』では、「種族」の代わりに「モンスター・タイプ」という訳語を用い、クリーチャーごとの差異を表現することにしました。人間も、エルフも、ドワーフもモンスターの一種であり、個々の違いはタイプの違いにすぎない、と。こう表現すると、著者の意図するところを、日本の読者へより正確に伝えることができるのではないかと考えた次第です。何より、どことなくユーモラスな響きがあり、「お説教臭さ」も感じません。 多くのファンタジーRPGでは、人間という存在がどんなものかということは、当たり前のことすぎて(あるいは大きな問題にすぎるのか)、紹介が簡単に飛ばされるのが常です……それでも、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』第3.5版のサプリメント『宿命の種族』(ホビージャパン、日本語版2006年)という専門のサプリメントはありましたが。 ズィムララ世界の人間は、私たちのお馴染みの人間であることもできれば、もっと別なタイプにすることもできます。この点については、すでに『ケン・セント・アンドレによるズィムララのモンスターラリー【ワールド編】』でサポートされているとおりです。 では『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』においては、人間というのはどういう具合に説明されるのかというと——職業(プロフェッション)、技能(スキル)、特殊能力(アビリティ)の3つを介して決まります。 ケンのデザインした他のシステムだと、『トンネルズ&トロールズ』第5版において、他のRPGにおける「キャラクター・クラス」に相当するものには「キャラクター・タイプ」という訳語が充てられていました。 私は、どうしてそうなのか、常々不思議に思っていたのですが、これもまた意図的だと、このたびわかりました。『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』では、「クラス」という言葉が使われず、「プロフェッション」が職業だと明記されていたからです。 察するに、どうしても「階級」や「階層」を想起させるからでしょう。ケンのおためごかしではない平等主義が、まさしく徹底されています。 そして面白いのは、この職業(プロフェッション)が、それで生計を立てておらずともかまわない、とさらりと書かれていること。多くのファンタジーRPGは——ファンタジー社会なのに——資本主義の論理とは無縁でいられないばかりか、かえってそうした要素が強調されていたりするのですが、『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』では、半ばそれが相対化されているわけです。 ただし、社会に存在する格差の問題に、本作は目をつぶっているわけではありません。どの職業につくかは一概に等しいチャンスではなく、わざわざ釣鐘状の確率曲線を描く2d6で決まります。2d6の期待値は7ですが、7にあるのは農民。いちばん出づらい2と12は、それぞれ錬金術師と探検家、ということになっています。それくらい、これらの職業は稀少なものとして位置づけられているわけですね。 むろん、GMが認めれば、任意に職業を選んでもかまわないとあるわけですが、つまり、ケンがイメージする世界観では、社会は本質的には平等であるべきだが、実際にはそうなってはいない、という矛盾をも表現しえているわけです。 技能(スキル)は、なんと、この職業に必ずしも紐付けなくてもよい、というものになっています。クラス・システムを取るRPGでは、多くの場合、職業ごとに推奨・制限されている技能を取るものですが、本作においてはゲーム的な軽さが優先されているのでしょう。2d6を振って技能を取得すると、その技能のレベル(1レベルから開始)だけ、セービング・ロールに数値的なボーナスが入るというのですから、実に単純明快です。 一方、特殊能力(アビリティ)は、各キャラクターを他から際立たせる、それこそスペシャルな能力であり、2d6で決定されますが、関連能力値の10の位に応じて、自動的にレベルアップしていきます。その記法は、意図してファジーなものになっていて、セービング・ロールの柔軟性、奇策(タレント)の応用性に、うまく見合うものが目指されているようです。 実際、『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』でサポートされている——人間に限らず——各種族の職業、技能、特殊能力を概観していくと、ケン自身が携わった『ストームブリンガー』はもとより、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』、『ウォーハンマーRPG』、『シャドウラン』などを彷彿させるものが、ちらほらあります。それらへのアンサーも兼ねていると思えば、シンプルなようで、あなどれない。 初心者でもスタンドアローンでプレイできながら、深読みしていけば、いっそう楽しくなってくる。それが『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』なのではないかと思います。 ■書誌情報 TRPGルールブック&『モンスター!モンスター!TRPG』用サプリメント 『ヒューマンズ!ヒューマンズ!』日本語版 著 ケン・セント・アンドレ 訳 岡和田晃 絵 スティーブ・クロンプトン 印刷版 2,200円 ゲームマーケット2026春で先行発売予定 通販は以下(6月発送予定) https://ftbooks.booth.pm/items/8232648 ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! 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2026年5月13日水曜日
第4回【クトゥルフ深話(クトゥルー短編集2 暗黒詩篇)】ゲームブックリプレイ FT新聞 No.4858
第4回【クトゥルフ深話(クトゥルー短編集2 暗黒詩篇)】ゲームブックリプレイ ※ここから先はゲームブック【クトゥルフ深話(クトゥルー短編集2 暗黒詩篇)】のネタバレを含んでいます。ご注意ください。 ぜろです。 「クトゥルフ深話」(クトゥルー短編集2 暗黒詩篇)をプレイしています。 主人公グレイハッカー、キサラギは、世界各地で起きる天変地異に対応するため、各地の友人知人と連絡を取り合い、対処しています。 徐々に世界各地の異変は進行しつつあり、同時に何に使えるかはわからないけれど、邪神に対抗できそうな書物や道具も集まりつつあります。 とはいえ、すでにアメリカ以外の災害レベルは2になっています。あと1レベル上がればその都市は滅んでしまいます。 いったいどうしたらよいのでしょうか。 【災害レベル】 日本:2 アメリカ:1 モンゴル:2 イースター島:2 【持ち物】 ・書物「黄衣の王」 ・旧き印 ・覗きガラス ●アタック01-9 レムリア大陸と世界の滅亡 6日目。 世界の異常の進行に合わせて、アイテムを入手していっている。 となれば、次に何かを手に入れられるとしたら、アメリカだろう。 私はアメリカのマーカスに連絡を取ってみた。 アメリカは災害レベルが1だったが、この連絡で2に上がる。 そして2に上がったことで収穫があった。 アーカムシティから帰還したマーカスは書物「ネクロノミコン」を入手してきていたのだ。 この本のおかげで、私は様々なことを知ることができた。 これまで漠然と動いてきたことの裏付けのようなものだ。 東京、アメリカ、モンゴル、イースター島の4か所を頂点としたひし形を描くことで、太古に存在したレムリア大陸を蘇らせることができるという。 今この4地点で起きている異変は、レムリア大陸の復活に向けて収束していくということか。 アメリカ、とか国土が広大すぎるんだが、まあ、そこは今突っ込むべきところではないだろう。 データを送ってもらった。 書物「ネクロノミコン」を手に入れた。 午後だ。 まだ何も得ていないのは、イースター島だ。 私はイースター島のアブドルに連絡を取った。 アブドルは、海上の調査船にいた。 なんでも、海底ですごい発見があったのだと。 発見したものは2つ。 生物の化石らしきものと、船とともに沈んだと思われる書物類だという。 どちらも一緒にサルベージはできないので、どちらを優先した方が良いだろうかと、助言を求められた。 書物類などは、通常なら海中でダメになっていそうなものだ。 しかし、魔導書の類ならば、それでもそのまま残っている可能性がある。 あと、生物の化石はきっと危険なので引き上げない方がいいやつだ。 私はそう伝える。 アブドルは、私の助言に従い、書物の方をサルベージした。 そこで発見されたのは、なんと書物「ルルイエ異本」だった! クトゥルフ関連の本の本命みたいなやつではないか。 これもデータで送ってもらい、私は書物「ルルイエ異本」を入手した。 これってもしかして、かなり順調に対策アイテムが集まっているのではないだろうか。 こうして、6日目は終わった。 さて、6日目の世界情勢の変化を確認しよう。 ここでは、世界の災害レベルが、現実世界とリンクして上がるかどうかの判定をすることとなる。 まず日本。現実世界の時刻が丑三つ時(午前2時頃)であれば、災害レベルが1上がるという。 これは上がらずに済んだ。 次はモンゴル。空を見上げても太陽が見えない時間帯や天候なら、災害レベルが1上がるという。 モンゴルの災害レベルは上がってしまった。これで3になった。モンゴル……滅んだか。 続いてアメリカ。私が昨晩夢を見たなら、災害レベルが1上がるという。 夢は見ていないか覚えていない。セーフだ。 最後にイースター島だ。ここは、現実世界で雨が降っていれば、災害レベルが上がるという。 雨は降っていない。災害レベルは上がらなかった。 これにより、モンゴルだけは滅びを迎えてしまったことになる。 混乱がどういう形で滅びに繋がったのか。そしてそれが世界に何をもたらすのか、それを確認するため、次のパラグラフへ進む。 そこには、モンゴルの混乱を皮切りに、世界滅亡へと向かっていく人類の姿があった。 世界の混乱の中、恐るべき兵器が使用され……そして、モンゴルだけでなく、世界が滅びを迎えてしまったのだった。 なんと、ここでゲームオーバーだ。 いろいろアイテムを入手し、これからというところで! ●感想 いつもであれば、クリアするまでアタックを重ねるところです。 しかし今回は、ここで区切りにさせていただこうと思います。 感想では、ここまでの感想と、この先をチラ見してしまった部分を含めての感想を書かせていただきます。 この作品は、クトゥルフ神話に詳しい人の方がより楽しめる作品なのではないか、と思います。 クトゥルフ神話で超メジャーな存在たちが、ひしめきあっている作品です。 その存在の影が少し出てきただけで、よく訓練されたクトゥルフ信者たちはきっと、「おお」「あれが来たか」とうなることでしょう。 作品の構成としては、大きく三部構成になっています。 闇に呑まれた主人公が脱出し、自分を取り戻すまでが第一部。 主人公が世界各地の友人知人と連絡を取り合い、世界の異変を確認しながら対抗するアイテムを集めていく第二部。 そしてその時が来て、主人公が仲間と協力し、世界各地の邪神に対抗する第三部。 「その時」は、7日目に設定されていました。 つまり、あと1日を無事に乗り切れば、邪神たちとの対決の場面へと進めたことになります。 登場する存在は、ダゴン、アザトース、クトゥルフ、ヨグ=ソトース。 あと、トラペゾヘドロンに関連して、ナイアーラトテップも。 クトゥルフ世界の重鎮がそろいもそろっております。 それらの存在に対し、これまで手に入れて来たアイテムを、誰に対して何を使うのかを適切に選択し、対応し、切り抜けていく。 これがこの作品の醍醐味の部分になります。 いやこれどう考えても短編でやる内容じゃないでしょ。 こんなクトゥルフオールスターに人類が対抗する物語とか。 オールライダーものの映画とか、スーパー戦隊199ヒーロー大決戦とか、そういうノリですよこれもう。 最初の、闇から生還するまでの部分は、いかにもゲームブック的なギミックが仕掛けられておりました。 キーワードでパラグラフジャンプ。ジャンプするべきキーワードを、ワード入手のパラグラフにも仕掛けてあるというのが、いいひっかけになっていました。 第二部の、世界情勢とアイテム集めの段は、ジョンズシステム。 同じパラグラフから行動を選び、1行動につき時間が経過していくシステム。 そのため、行動できる総数は決まってきます。 また、行き先によっては災害レベルによる段階イベントにもなっており、物語の進展によって展開が変化するようにできています。 この部分のシステムまわりは、感動を覚えるレベルでよくできています。 私はゲームブックは作るのではなく読む方ですが、作るのならば、このシステムを生かした何かを作りたい、と強く思いました。 たとえば、ローグライクハーフにこの段階イベントを組み込んだりしたら、すごいものができそうな……。 ただ、短編の中で巨大な存在と対決していくというストーリーのためか、第二部以降全般にわたって、ダイジェスト感を強く感じてしまったのは残念なところではありました。 様々な超重要アイテムが短時間に次から次へと発見、発掘されていきます。 スピーディでさくさくと進んでいきますが、逆にクトゥルフでそれでいいのかと。 こう、その、なんですね。「クトゥルフってのはもっと殺伐としているべきなんだよ」みたいな講釈を垂れたくなってしまう感じといいますか。 さくさく感とクトゥルフの相性って言いますか。 せっかくスピーディに伝説級のアイテムを登場するカタルシスを与えてくれているのに、失礼極まりないですね私。 あと、これもダイジェスト感の弊害かもしれませんが、アイテムの入手方法が一部、なんというか……雑? これは、私が最初に入手したのが書物「黄衣の王」だったせいかもしれません。 何も情報のない中、なんとなく福井に行ったら、なんとなく九頭竜川流域を進み、なんとなく劇場跡に行ったら、なんとなく見つけました。 見つけた私がポカーンとしてしまいました。 他のアイテムは、ふさわしい雰囲気や場所で手に入るものもありますが……。でも展開の唐突さは否めません。 プレイヤー目線からなら、「ネクロノミコン」が手に入った。やった! って感じはわかるんですけど、作中の登場人物たちの立場で考えると、それらが世界の異変とどう繋がってくるのかの情報に乏しい。 論理的に根拠立てなくても、主人公が直感力に優れていて、そこから何かを感じ取るとか、もう少し描写が欲しかったと思います。 現実世界とリンクさせるのは、これまた独特なギミックを入れてきたなと思いました。 これは、読んだ最初はちょっと否定的だったんですよ。この物語を現実世界の自分の行動とリンクさせる意味ってそもそも何?なんて思ってました。 でも違うんですよ。 この作品の主人公はグレイハッカー。 今私がこのリプレイを書いているパソコンを用いて世界中と繋がり、情報を得て、対処していきます。 たまには車に乗って自ら移動し現場に行きます。 これってつまり、今の私そのものじゃないですか。 机に向かってネットをしている私。そんな私の存在そのものを、この作品の中に取り込んでしまうということ。 こうして、作者が現実世界の行動をリンクさせた意図が理解できました。 でも、そういう理解の仕方をしたら、次にひとつだけ不満が出てきて。 現実世界とのリンクは基本的に、私の普段の生活習慣がマイナスに作用して、災害レベルを上げるペナルティとして発現します。 でも、作中でグレイハッカーは、各地と連絡を取り合い、異変に対処しているんです。 現実世界とリンクするのだったら、私もそのグレイハッカーに協力する行動を取りたい。 私が現実世界で起こした何らかの行動が、作中での災害レベルを1下げるとか、本当は進行すべきところを止めるとか、そういう要素は入れてほしかったところです。 やはり、これだけのスーパー邪神大戦は、短編に収まるような器じゃありません。 もちろんそうは言っても超大作にする必要はないですし、パラグラフ数をいたずらに増やせばいいというものでもありません。 でも、読んでいて、もったいないと思う部分が多かったのも事実です。題材がよすぎるだけに、期待値も高まってしまったのかも。 そんなわけで、良いところや工夫が凝らされているところ、面白いギミックがてんこ盛りの作品でありながら、まだまだ上を目指せる作品でもありました。 あ、ちなみに再アタックをしないのは、ですね。 本作を有利に展開するためには、現実世界での私が、 「誰かがいるところでこの作品を読み」 「丑三つ時ではなく」 「太陽が見える時間で」 「昨晩夢を見ておらず」 「雨が降っておらず」 「体調不良ではなく」 「8時間以上睡眠を取っている」 ことが必要だとわかったからです。 全部完全にこなさなきゃいけないわけではないみたいですが。 それにそんなの、別にズルしちゃえばいいんですけどね。 でもでも、1プレイだけとはいえ、楽しんだことは間違いありません。 著者の山田賢治さんは、いつもこれでもかというほどにアイディアを惜しみなく投入してくるので、また、他の作品も期待してプレイしたいと思います。 それでは、以上で「クトゥルフ深話」のリプレイを終わります。 また別作品のリプレイでお会いしましょう。 ■作品情報 作品名:ゲームブック クトゥルー短編集2 暗黒詩篇 「クトゥルフ深話」 著者:山田 賢治 発行所・発行元:FT書房 購入はこちら ・書籍版(現在、通販品切。委託店舗在庫のみ) https://booth.pm/ja/items/2484141 ・電子書籍版 https://www.amazon.co.jp/dp/B09Z22RJQY ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください) ---------------------------------------------------------------- メルマガ解除はこちら https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2026ft0409news@blogger.com ※飛び先でワンクリックで解除されます。