2026年10月26日月曜日

ストーリーとドラマ性 FT新聞 No.5024

おはようございます、枚方市のスターバックスから杉本です☆ 昨日、頭のなかで新しい「言語化」に成功したので、今日の記事はそれについて書いてまいります! 本日の記事は「死のワナの地下迷宮」や「ソーサリー!」4部作など、ファイティング・ファンタジーシリーズ作品のネタバレをビシバシ含みます。 ◆ゲームブックの「ブック性」。 ゲームブックには「ゲーム性」と「ブック性」がある、なんて話をよく聞きますし、自分でもします。 この話をする際の「ブック性」とは何かという話をする際、頻繁に聞く言葉──それは「ストーリーだ」という解釈です。 ゲームブックの「本」の部分は、物語性にある。 きわめて妥当で、一般的な解釈だと思います。 しかし、私はこの言葉に対して、のどに刺さった小骨のような違和感をずっと覚えてきました。 ◆ゲームブックって、どんなもの? この現代日本で「ゲームブック」と言われるとき、思い浮かべるのはどんなものでしょう? この問いには、さまざまな答えがあると思います。 スーパーアドベンチャーゲームのシリーズは、国産ゲームブックの雄。 ファミコンゲームブックは、子どもの頃に遊んだ人がたくさんいます。 「君ならどうする?」のシリーズは日本での発行部数は少ないものの、世界的には2億7000万部が出版されています。 それらを踏まえたうえで、最もゲームブックとして印象づけられている人が多いのは、ファイティング・ファンタジー(以下FF)のシリーズかなと思います。 だから、今回の記事は、FFのような「冒険に主眼が置かれた」ゲームブックを「冒険ゲームブック」という言葉で表現して、その内容について踏み込んでいきます。 ◆そんなにしっかりとした「ストーリー」って、あった? FFシリーズのような冒険ゲームブックを振り返るとき、私はいつも感じていたことがあります。 それは、「ファンの間で言われているほど『ストーリー』がちゃんとしているわけじゃない」ということです。 「火吹山の魔法使い」は、迷宮の最深部にいる魔法使いを倒して、財宝をいただく話。 「ソーサリー」の4部作は、王国から盗まれた王冠を取り戻す魔法使い/戦士の話。 「死のワナの地下迷宮」は、競技化された地下迷宮探索の話。 どの作品をとっても、ストーリーが「目を見張る素晴らしさ」を持っているのとは違います。 そして、これはFFシリーズにかぎった話ではありません。 当然のことです。 小説であればまるまる1冊を使ってストーリーを作れるのに対して、ゲームブックではそうするための十分なページがないからです。 まず、分岐によって構成されるのがゲームブックですから、1回のプレイで読む文章の量は1冊の数分の1でしょう。 次に、その読む文章のなかには、サイコロを振る、敵と戦う、能力値を増減するなどのゲーム的な処理が含まれます。 「ゲームブックのストーリー性」という言い方がなされますが、それは正しい言い方ではないのです。 いや……間違ってはいないのですが、もっと解像度の高い言葉があるのです。 ◆ゲームブックにあるものは。 ゲームブックの「ブック性」を表現する、最も端的な言葉は「ドラマ性」です。 ゲームブック内に登場するさまざまなシーンの魅力は「ドラマ性」であると、私は確信しています。 それを説明するためにFFの例を挙げます……少しばかり言葉が端的になりすぎることを、お許しください。 「死のワナの地下迷宮」は迷宮を探検する競技の話です。 ライバルの1人である蛮人スロムと主人公は共闘をするのですが、そのなかで信頼関係が生まれます。 しかし、そもそもこの迷宮探検競技は、1人しか勝者のいない競技。 競技監督による命令で2人は強制的に戦い、彼の命を奪うか、殺される流れとなります。 これが「素晴らしいストーリーだ」と感じるご意見を、何度か目にしてきました。 私も「死のワナの地下迷宮」は大好きです。 しかし、この一連のシーンは「ストーリー」と呼ぶべきものなのでしょうか? 私は、このシーンが素晴らしいのはその「ドラマ性」にあるのであって、これを「素晴らしいストーリー」と呼ぶのは正しくないと感じます。 ◆ストーリーとドラマの違い。 ストーリーとは、できごと(事実)の筋書きを指します。 これに対してドラマは、人間の内面(感情、特に葛藤)を描いたものです。 どちらも日本語にすると「物語」ですが、ゲームブックの文脈においては大きな違いがあります。 ここで特筆すべきなのは、ストーリーがゲームブックと相性があまりよくないのに対して、ドラマは相性がいいという点です。 冒険ゲームブックにおいて、事実の筋書きによって作品を盛り上げるのは、意外に難しい面があります。 その理由は、先に挙げたとおり(文量がとれない、分岐によって分断される等)です。 これに対してドラマは、ゲームブックとの相性がいいという特徴があります。 読者による選択の結果として、相手の感情が変化する。 その結果として、物語が大きく起伏する。 冒険ゲームブックの魅力は「主体的に冒険を行う臨場感」に根ざしています。 一般的な小説であれば「どうしてそうなったか」に文量を割くところ、ゲームブックでは「今なにが起きているか」に多くの紙面を割くことで、面白いものができあがります。 スロムと死闘を繰り広げるシーンも、バルサス・ダイアとの魔法合戦も、羽根を失った哀れなミニマイトのジャンの最期も、水晶の棍棒で永久に追放されるザラダン・マーの終わりも。 どれもこれも、有名小説なみのストーリー的な魅力を持っているわけではありません。 しかし、とてもドラマチックで、臨場感あふれるシーンとして……まるで私たちの体験そのもののように、心に残っています。 そういった作品が名作として私たちの心に残っているのは、その「ドラマチックさ」、つまり「ドラマ性」ゆえだと思うわけです。 ◆決定的な違いはなにか? 小説とゲームブックを比較するうえで、最も作者が心に留めておくべき事柄。 それは、読者の視点です。 小説においては、読者は一般的に「第三者」です。 主人公がいたとしても、読む際に「私はこの主人公だ!」と思って読む人は、あまり多くないでしょう。 しかし、冒険ゲームブックにおいては、読者は「私はこの主人公だ!」と思い、冒険を成功するために、能動的に選択肢を選び、サイコロを振り、冒険記録紙に情報を記入する。 冒険ゲームブックの読者は、あくまで「冒険という体験」を求めているのです。 設定は大切です。 しかし、ゲームブックは設定のためにあるわけではありません。 どのようなドラマに結びつくかが、ゲームブック世界の設定にとっての最大のキモなのです。 キャラクターは大切です。 しかし、大事なのはそのキャラクターの魅力ではありません。 主人公とどのような関係性が生まれ、どのようなドラマを紡ぐのかが、最も大切なポイントなのです。 ストーリーもまた、しかりです。 ストーリーそのものの魅力よりも、そのストーリーの与える影響が、どのようなドラマチックな場面へと主人公を導くのか。 ストーリーは果たして、どのようなドラマを生むのでしょうか? そのようなドラマの持つパワーこそ、冒険ゲームブックの核(コア)であると、私は思います。 今回はこのあたりで。 それではまた! ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください) ---------------------------------------------------------------- メルマガ解除はこちら https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2026ft0409news@blogger.com ※飛び先でワンクリックで解除されます。