おはようございます。編集部員のくろやなぎです。
本日は、『ゲームブックにおける死と物語』の第5回として、『ミラー・ドール』(著:杉本=ヨハネ、2008年、FT書房)に関する考察をお届けします。
『ミラー・ドール』は、全400パラグラフの長編ゲームブックで、さらに『混沌の迷宮』『殉教者の試練』と続いていく【ドール三部作】の1作目にあたります。
タイトルにある「ドール」は、ローグライクハーフのシナリオにも「魔法の宝物」兼「戦う従者」として登場することがありますが、このゲームブックでは、ゲームシステム上の仲間であると同時に、物語的にもきわめて重要な役割を担っています。
以下の記事では、このドールたちの「本質」に関する作品中での問いを手がかりとして、私なりの視点から、『ミラー・ドール』の物語を読み解いていきたいと思います。
今回の記事は、物語の核心や結末をまず提示した上で、それらを踏まえて、いくつかの具体的な場面を参照しながら考察を進めるという構成になっていますので、作品を未読の方はご注意ください。
なお、『ミラー・ドール』の書籍版は絶版となっていますが、電子書籍(PDF)版がBOOTHにて販売されています。
販売ページへは、下記のリンクからどうぞ。
https://booth.pm/ja/items/361735
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■
ゲームブックにおける死と物語
第5回:『ミラー・ドール』におけるドールの「本質」
(くろやなぎ)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■
■ドールの「本質」と3つの選択肢
『ミラー・ドール』は、主人公が「ドール」と一緒に旅をし、そして、旅の終わりにそのドールを死なせる物語です。
これは、物語の意外な結末、というわけではなく、物語の序盤ではっきりと予告されることであり、むしろ物語の前提だと言えるかもしれません。
主人公である「君」は、多くの国々で知られた、有名な冒険者です。
君は、「樹島」(いつきじま)という島を旅して、「白の魔法使い」と呼ばれる魔法使いに会い、ポロメイアという小さな国に関する、ある重要な情報を聞き出さなければなりません。それが、君がポロメイアの王から託された使命です。
そして、君が白の魔法使いに会うためには、「ドール」を白の魔法使いの近くまで連れていき、その「魂」を犠牲として捧げる必要があるのです。
もう少し詳しく説明しましょう。
白の魔法使いは、島の中央にある「千年樹」という、周囲を1周するだけで1時間かかり、上は天まで届こうかという、桁外れに巨大な樹の中に住んでいます。その千年樹の中には「魂吸いの間」と呼ばれる部屋があり、誰かがその部屋に入ると、「魂吸い」という悪魔が出てきて、魂を吸い尽くされてしまうといいます。そして、白の魔法使いに会うためには、必ずその部屋を通らなければなりません。
このことを君に教えてくれるのは、物語の序盤で出会う、白の魔法使いの「執事」だという老人です。ではどうすればいいのか、と尋ねる君に対して、その老人は「ドールを先に放り込んで、先に魂吸いの食欲を満たしてから部屋に入れば安全なのだ」と答えます。
老人は、ドールを「ミラードール」とも呼んでいます。この「ミラー」、すなわち鏡という名前が何を意味しているのか、老人は何も教えてはくれません。ただ、老人によれば、ミラードールは白の魔法使いの作品であり、君の「血肉を分け与える」ことで動き出すのだということです。
島の中には、なぜかドールがしばしば落ちていて、それを拾って売りさばくことを目当てに、島の外から商人がやってくるほどです。実際、君は旅の中で、「バードドール」や「シーフドール」など、さまざまな形態や特技をもつドールたちを見つけることができます。そして君は、それらのドールのいずれかひとつと一緒に、やがて(旅が順調であれば)「魂吸いの間」の手前までたどり着くことになるでしょう。
しかし、君がドールに「魂吸いの間」へ入るよう伝えると、ドールは旅の中で初めて、君からの命令を拒否し、君に対してこう問いかけます。
「いったい、何があるのですか。教えてください」
その問いの理由として、同じパラグラフには、「ドールと君の魂の一部はつながっている。そのためか何かを察知したらしく」と書かれています。また、別のパラグラフには「ここで生まれたはずのドールだ。事情を知っていてもおかしくはない」とも書かれています。
ドールは、人に対して従順につくられていますが、同時に自由意思をもつ存在でもあります。また、君より優れた戦闘能力をもっている場合もあります。
執事の老人は「ドールを先に放り込んで」などと簡単に言いましたが、君のドールは心理的にも能力的にも、死が待つ部屋に黙って「放り込まれて」くれるような相手ではなかったのです。
結局、君とドールの運命は、ドールの問いかけに対する君の答えと、それまでに君たちが積み重ねてきた関係性に左右されます。
そして、この分岐でバッドエンドにならなければ、ドールは死を恐れながらも、その使命をまっとうするため、自ら「魂吸いの間」に入ることを選びます。続いて「魂吸いの間」に入った君は、「満腹」になって笑う「魂吸い」の姿と、足元に転がる「ドールの亡き骸」を見ることになります。
こうしてついに会うことができた白の魔法使いは、君が王から託された親書を読み上げても、俗世のことは自分には関係ないとせせら笑います。ただし、君が「ドールの亡き骸」を魔法使いに渡したときだけは、態度を変え、君との交渉に応じる姿勢を見せます。
白の魔法使いは、君のドールについて、「出来損ないのドールだったが、なぜか他のドールとは違っていた」「作品の中では傑作の部類だった」と語り、「私の研究に一役買ったのは間違いない」と認めます。そして、「ドールの本質」に関する質問に君が答えられれば、自分も君の質問に答えてやる、と言います。
白の魔法使いの「ドールとは、なんだ?」というシンプルな質問に対する選択肢は、
「生命の根源的な姿」
「植物」
「子ども」
の3つ。
そして正解のヒントは、「魂吸いの間」に入る直前、君のドールが遺した言葉の中にありました。
君のドールは、ドールという存在は「素材」のせいで従順に創られているのだ、と言ったのです。
君が「植物」と答えると、白の魔法使いはそれを肯定し、以下のように語ります。
「頑丈な体、従順で辛抱強い心。千年樹の生きた力を受け継いでいるからこそ、ドールはドールたりうる。生きた植物なのだ。」
そして白の魔法使いは、約束通り、君の求める情報を話した上で、その場で君を殺そうと襲い掛かってきます。
ここで白の魔法使いを倒すことができれば、君は王の依頼を達成したこととなり、王のもとへ帰還し、『ミラー・ドール』の物語は幕を閉じます。
この最終局面における、君と白の魔法使いとの問答は、ある種の伏線回収であり、さらには新たな伏線にもなっています(白の魔法使いの答えを聞いて、君は目の前にいる敵の正体と、敵を倒すための手段に気付くかもしれません)。
これはゲームとしても物語としても、実に印象的で見事な構成なのですが、少し気になるのは、他の2つの選択肢、すなわち「生命の根源的な姿」と「子ども」という答えです。
これらの選択肢は、あくまで「作者から読者に」提示されたものであって、「白の魔法使いから君に」対して、わざわざ提示されたものではないでしょう。実際の問答では、白の魔法使いからは問いだけが示され、選択肢は、君の心の中だけに存在していたはずです。
そして、読者が「生命の根源的な姿」や「子ども」という選択肢を選びうるということは、物語の中でも、主人公である「君」の心の中には、それらの答えを思いつく理由が何かあるはず…と考えてみるのはどうでしょうか。
これらの選択肢が、作者からメタ的に提示された選択肢であるとともに、物語上の「君」にとっても何らかの意味をもつ選択肢だとしたら、『ミラー・ドール』の物語は、どのように読み直すことができるでしょうか。
このとき、旅の中でのどのような経験が、君の心にそのような選択肢を与えたのでしょうか。
たしかに「正解」は「植物」なのだとしても、私はむしろ、この「三つ組の選択肢」自体が、ドールについて君が到達しうる「答え」のひとつなのではないかと考えています。
それがどういうことなのか、以下で詳しく述べさせてください。
■ドールたちの魂/体/心
白の魔法使いの「執事」の老人が言うように、ドールは「白の魔法使いの作品」です。
また、白の魔法使いが君との問答をすることにしたのは、君のドールが「研究」に「一役買った」からでした。
では、ドールは、白の魔法使いのどのような「研究」の中で生み出されたものなのでしょうか。白の魔法使いは、いったい何に関心を寄せているのでしょうか。
白の魔法使いは、ポロメイア王からの親書を読み上げた君に対して、かつて自身がポロメイア王国に関与していた理由について、「俗世で王と呼ばれるほどの者が、どういう魂を持っているのか、私が知りたっかたのはそれだけだ」と語ります。
どうやら白の魔法使いの「研究」のテーマのひとつは、「魂」に関することのようです。
では、『ミラー・ドール』の作品世界における「魂」とは、どのようなものなのでしょうか。
そして白の魔法使いは、「王と呼ばれるほどの者」の魂について、「知りたかった」ことを知ることができたのでしょうか。
その答えの鍵となるのが、つい最近になって樹島に現れたという「虎龍」(こりゅう)です、
虎龍について、島で君が出会う(かもしれない)人物のひとりは、「虎と龍をかけ合わせてつくった生き物に、人間の魂を入れて創った、白の魔法使いの傑作」だと言います。また、別の人物は、虎龍を「虎と龍の体に、王者の魂」と表現します。
実のところ、虎龍に「入れられた」人間の魂とは、先日崩御したポロメイアの先王バルデスの魂に他なりません。
白の魔法使いは、王の魂に興味をもって王に近付き、散財家だった王の経済を助けながら、機会を得て王の魂を手に入れました(王が死んで魂を手に入れたのか、それとも魂を手に入れることで王が死んだのかは、定かではありません)。そして白の魔法使いは、王の魂を、白の魔法使い自身の言葉でいうと「虎龍に突っ込んだ」のです。
その過程で、白の魔法使いが何を「知った」のかはわかりませんが、ここから私たちにわかることがあります。
『ミラー・ドール』の作品世界における「魂」は、どうやら人間の体から取り出したり、他の体に「突っ込ん」だりすることが可能な、何らかの実体をもつもののようなのです。だからこそ、「魂吸い」という悪魔も、文字通り魂を「吸う」などということができるのでしょう。
さて、先王バルデスは集めた宝を遺して死にましたが、その行方を知るのは、王に近付きその財産管理人となった、白の魔法使いただひとりでした。
しかし、王が死んでまもなく、白の魔法使いは、宝の所在については何も告げずに、生まれ故郷だという樹島へ戻っていってしまいます。
樹島は、ポロメイアの多くの人々にとっては、「原初の自然と神秘を今も残し、不用意に向かう者をことごとく滅ぼす」という未知の島で、簡単に使者を送れるような場所ではありません。そこで、若くして先王バルデスの後を継ぎ、即位したばかりの新王エドガーは、熟練の冒険者である君に親書を託し、先王の宝の所在を白の魔法使いから聞き出すよう依頼しました。
つまりこの物語は、元をたどれば、白の魔法使いの「王の魂」への関心をきっかけとして始まったものなのです。
そんな白の魔法使いの「作品」の中には、まさに「魂」そのものの名を持つ者がいます。
それは、君が旅の途中で出会う(かもしれない)、「アルマドール」と名乗る男です(アルマ[alma]は、スペイン語などで「魂」を意味します)。
森の中を歩いていた君は、小屋と池のある小さな空き地で、優雅に本を読んでくつろぐ「貴族の服を着た男」(アルマドール)と出会います。その男は友好的な態度で、君を紅茶と茶菓子でもてなそうとしてきます。
君が誘いに応じるなら、出された紅茶を飲みながら、男に何かひとつ質問することができます。このとき、君の旅するこの樹島について尋ねると、彼は島の中央にある千年樹を話題にして、「この島にある人形は、すべて千年樹から創られている」と語ります(このやりとりは、白の魔法使いの質問に対する「正解」の伏線にもなっています)。
そしておもむろに、「ミラードールとは違うが、私の体も人形なのだ」と君に明かします。
「ミラードール」すなわち君のドールと、この「アルマドール」とは、同じ「ドール」でも何かが違うようです。それが一体どのような「違い」なのか、はっきりとしたことはわかりませんが、たしかに彼は、君のドールのように主人に付き従っているようには見えません。ひとりで行動し、自分の意思で君と話しているように感じられます。
それでも、同じドールとして、共通の「素材」で創られていることは間違いないようです。この島にある人形(ドール)は、「すべて」千年樹から創られている、というのですから。
ただ、このことについて、君にゆっくりと思索を巡らす時間はありません。そのときすでに、紅茶に仕込まれた毒が君の体に回っており、彼は笑みを浮かべたまま「私は人形だから平気だが……肉を持つ身に毒はつらかろう」と言い、君に襲い掛かってくるのです。
しかし、なぜ彼は、わざわざ毒を用意してまで、君を殺そうとしてくるのでしょうか。
その理由は、君が紅茶に呼ばれて話題を選ぶときに、この島についてではなく、男の素性について尋ねていればわかります。
このときは、彼は服の裾をまくって木でできた素肌を見せ、このように語ります。
「人形だよ、この体は。白の魔法使いに創られたのだ。この魂も、体も」
そして、紅茶の毒が回った君の様子を見ながら、「だから、人間の体が欲しいんだ」と言って襲い掛かってくるのです。
では、なぜ彼は、「人間の体」が欲しいのでしょうか。
それは裏を返せば、ドールとしての体、つまり白の魔法使いによって千年樹から創られた「植物」の体には、人間の体と比べたときに、何か不満や不都合があるということになります。
「植物」でできたドールについて、白の魔法使いは「頑丈な体、従順で辛抱強い心」と語ります。君のドールもまた、ドールは「素材」のせいで従順なのだと言います。
それなら、ドールの「従順な心」が、その「植物」の体に由来するのだとしたら、もし「植物」ではない体を手に入れれば、ドールの「心」にも何か影響があるのでしょうか。
魂を、ある体から別の体へ移せることについて、私たちはすでに「虎龍」という実例を知っています。もちろんそう簡単なことではないでしょうが、「アルマ」(魂)という名前をもつほどの「作品」であるアルマドールには、自らのドールの魂を人間の体に移せるような、そんな力があっても不思議ではないかもしれません。
最初のアルマドールの誘いに対して、君が紅茶を飲んだり、あるいは自分から戦いを挑んだりすれば、君とアルマドールは戦い、どちらかが死ぬか、君が逃げ出すことになります。
しかし、君がいったん立ち去りかけ、それをアルマドールが再度呼び止める、というやりとりを経た場合、こんどは君は、紅茶を飲まずに対話だけをすることが可能になります。そしてこのときだけ、君とアルマドールは、戦わずに会話を終え、そのまま別れることができるようになります。これは、アルマドールの立場から見た場合、毒の効果によるアドバンテージが得られないので、戦いを自重するということなのかもしれません。
そしてアルマドールは、この特殊な分岐の中でだけ、戦いになるときよりもひとこと多く、胸の内を君に伝えてくれるのです。
君が紅茶を飲む(戦いになる)とき、彼の台詞はこうでした。
「人形だよ、この体は。白の魔法使いに創られたのだ。この魂も、体も」
そして、君が紅茶を飲まない(戦いにならない)と、彼の台詞はこう変わります。
「人形だよ、この体は。白の魔法使いに創られたのだ。この魂も、体も。もしかしたら、心も」
アルマドールの体は、白の魔法使いが千年樹から創ったものであり、魂もまた、白の魔法使いの「研究」の成果のひとつであるはずです。
しかし、その「心」の由来については、彼は「もしかしたら」と、なぜかこのときだけ曖昧な物言いをするのです。
また、君が紅茶を飲まずに、話題として白の魔法使いを選んだときは、アルマドールは、白の魔法使いが「多くの命を生み出し」、「魂すら創ることができる」存在だと話した上で、このように付け加えます。
「だが、創られた人形は新しい生命。意思を持って動く。親のために生きるのではない。自分のために生きるのだ」
ドールたちにとっての「親」とは、その体や魂を創った白の魔法使いであり、あるいは、その「素材」となった千年樹だとも言えるでしょう。
白の魔法使いは、「植物」としての頑丈さと従順さを兼ね備えた、千年樹の生きた力こそが、ドールの「本質」なのだと君に語ります。しかし、その魔法使いや千年樹の「子ども」であるアルマドールは、創られたドールは意思を持つ独自の存在であり、「親」ではなく自分のために生きるのだと言います。
君が紅茶を飲めば、アルマドールは君の「体」を求めて襲い掛かります。そして、君が紅茶を飲まなければ、アルマドールは、「心」や「意思」に関する君との対話を望みます(彼はその後、「楽しく話ができたことに礼を言う」ので、台詞として書かれている以上のある程度の会話が、彼と君のあいだには成立したのでしょう)。
いずれにしても、彼は自分の「魂」については満足しているのかもしれませんが、「体」や「心」については何か思うところがあって、君との命のやりとりや言葉のやりとりを通じて、何かを変えたがっているようにも感じられます。
このようなアルマドールと君のドールは、同じドールでも、かなり異なる特性や志向性をもっているかもしれません。
しかしそれでも、君のドールもまた、その内面について、アルマドールと似たことを口にすることがあるのです。
君のドールは、旅の途中、ずっと君を「私の主」や「わが主」と呼び、君に対して敬語で穏やかに話しかけます。しかし、「魂吸いの間」の直前で、ついに君の思惑を悟ったとき、ドールは君を「あんた」や「おまえ」と呼び、敬語を捨てて、場合によっては怒りや憎しみを露わにします。
そして、それでも君のために「魂吸いの間」へ進むことを決意すると、君のドールは、まるで「主」ではなく親しい友人に話し掛けるかのような口調で、ドールの「自由意思」について語ります。
「なぁ、ドールってもともと従順に創られてるんだ。素材のせいなんだけど……人に仕える目的で創られてるっていうのが大きい。それでも、ムチャな要求は拒否できるんだよ。自由意思を持っているんだ」
その後の白の魔法使いとの問答で、ドールの「本質」について、もし君が「子ども」だと答えたならば、白の魔法使いは君を蔑みながらこのように言います。
「ふん……それはおまえの主観だろ? 私は真理を求める魔法使いだ。個人的な感傷など、知らん」
君の「主観」や「感傷」のように、ドールたちの「心」もまた、白の魔法使いにとっては取るに足らない「主観」や「感傷」であり、魂のような「真理」に属するものとは比べ物にならない、くだらないものなのでしょう。
しかしドールたちは、「親」である白の魔法使いや千年樹から、従順な下僕としての特性を与えられながらも、自分自身の意思や心をもって、「親」とは別の主体として生きています(たとえ君のドールのように、それらの「心」が、表に出てくる機会が限られているとしても)。
この意味で、ドールたちは従順なだけの「植物」ではなく、「親」の影響を強く受けながらも親から離れ、変わりうる未来をもつ「子ども」でもあると言えるかもしれません。
それが、白の魔法使いが想定する「正解」ではなくても、君の「心」や「主観」の中では、そう思うことも許されるのではないでしょうか。
■虎龍の生とドールの死
さて、『ミラー・ドール』の物語の発端である、ポロメイアの先王バルデスの魂は、その後どうなったのでしょうか。
その魂が「虎龍」の中に「突っ込まれた」ことは、先ほど述べた通りです。
千年樹のふもとに居座る虎龍は、アルマドールとは異なり、君が必ず戦わなければいけない相手です。
また、虎龍の振る舞いは、見た目通りの怪物のようで、君と意思疎通ができそうには思われません。
ふつうに戦った場合、君か虎龍のいずれかが敗れて死ぬことになります。そして、もし君が勝者であれば、君は虎龍のウロコを盾として入手し、いよいよ白の魔法使いの住む千年樹を登っていくことになります。
しかし、君があらかじめ、虎龍に関する「虎と龍の体に、王者の魂」というフレーズを耳にしていた場合のみ、君はふとしたきっかけで、虎龍の「魂」の正体に思い当たることができます。
そして、君が旅の途中で手に入れた王冠を取り出すと、虎龍はそれを奪い、君に背を向けて木陰へ逃げ出し、しかも体を小さく丸めて震わせます。これに続く地の文では、以下のような描写がなされます。
「君の心に突然、憐憫の情が沸いてくる。王者の頃の心を未だ持っているに違いないのだ。」
君には、虎龍の中にあるはずの、王の「魂」そのものが見えるわけではありません。
代わりに君は、王冠を抱えて震える虎龍の体を見て、そこに王の「心」を見て取ります。
その「心」は、おそらく白の魔法使いにとっては何の意味もないものでしょう。しかし、君や君のドールにとっては、おそらくその「心」こそが重要なのです。
君が虎龍にとどめを刺さず、そのまま立ち去ることを選んだ場合、君のドールは、君を見て少し微笑みます。そして、このささやかなエピソードは、その後の「魂吸いの間」の手前での出来事において、ドールの決断に少しだけ影響を与えることになります。
『ミラー・ドール』のゲームとしてのルールでは、ドールには「献身点」というステータスが設定されています。これはドールが「どれだけ献身してきたか」を示す数値だと説明されており、ほとんどの場合、ドールに何かをさせたり、ドールが何かをしたり、ドールと何らかのやりとりをしたり、とにかく「ドールが君に」または「君がドールに」何かをしたり命じたりすることで上下します。
しかし、『ミラー・ドール』全体を通じてただ1箇所、この「虎龍にとどめを刺さず、立ち去る」場面においてのみ、君と「ドール以外の他者」との関わりに対して、読者は「ドールの献身点を1点減らす」ように指示されます。
この「献身点」は、「魂吸いの間」の直前での判定の基準となり、その値が低いほど、ドールが自ら部屋に入る決断をする確率が高まります。
つまり、君が虎龍を生かすことで、ドールの心は、自ら(君のために)死を選ぶ方向に傾くのです。
ある登場人物は、虎龍について「哀れな生き物」だと言い、「望まぬ体に入ったとて、生を喜べるじゃろうか」と語ります。
虎龍、あるいはバルデス王の心が、虎龍としての生を「喜んでいる」わけではなさそうなのは明らかです。そして、もし君がとどめを刺さなかった場合、虎龍はその奇妙な体と魂と心を抱えながら、このまま樹島で生きていくことになるでしょう。
そのため、君が王に対して憐憫の情を抱いたからこそ、虎龍に対して「とどめを刺す」という選択をすることも、十分に考えられるところです。
しかし、たとえ白の魔法使いによって歪められた生命であっても、君がそれを否定して殺すのではなく、生かすという選択をするのを見て、君のドールの心は動きます。
あるいは君のドールは、そしてひょっとすると君自身も、白の魔法使いの「作品」として創られた者同士である虎龍とドールとを、心の中でどこか重ね合わせて見ているのかもしれません。
旅を終えた最後のパラグラフでは、白の魔法使いについて「命の尊厳をもてあそぶ者」という表現が出てきます。これは地の文として書かれていますが、おそらく君の心の中の声でもあるのでしょう。
白の魔法使いは「自信たっぷりの、皮肉めいた笑み」を浮かべながら、君に「ドールの本質」についての問題を出しますが、君のために死んだドールの「亡き骸」を前にして、君はそれをどんな気持ちで聞いたのでしょうか。
たとえ、「従順」を含意する「植物」という答えが、白の魔法使いが想定する「正解」なのだと思い至っても、それを肯定することは、結局のところ「ドールは白の魔法使いに従順に創られ、そしてその通りに、君の命令に従って死んだ」ということになりはしないでしょうか。
そしてそれは、ドールの自由意思から生まれた葛藤や決意をなかったことにして、ドールの命や「魂」だけではなく、その「心」や死の意味をも奪ってしまうことにはならないでしょうか。
地の文において、君はドールの亡き骸を「投げてよこした」と書かれていますが、そこには君の怒りが込められているようにも見えます。
あるいは君は、白の魔法使いの問いに対して、このように答えたくなるかもしれません。
「ドールはひとつの生命だ。たとえおまえが創ったものだとしても、おまえの都合通りに動くのではなく、ひとつの生命として生きて死ぬ存在だ。それが生命の根源的な姿だ」と。(※念のため書き添えると、これは作品からの引用ではなく、「生命の根源的な姿」という選択肢を補うために私が考えた台詞です)
もちろん、実際にそんなことを言えば、白の魔法使いは「つまらん」と一蹴して、交渉は失敗に終わるでしょう。君の使命は失敗に終わり、ひいては君のドールの死も無駄になってしまいます。
だから君は、「正解」を口にして、白の魔法使いから然るべき情報を聞き出し、それから白の魔法使いを倒して、ポロメイアに帰還するでしょう。
それでも、その「正解」以外の選択肢(作者から示された2つの誤答肢だけでなく、その他のさまざまな可能性)もまた、それまでの旅の軌跡に応じて、きっと君(あるいは読者)の心に浮かぶのではないかと思います。
それらの選択肢のバリエーションや、選択肢に込められた意味の深さが、君の旅、あるいはこのゲームブック作品の、豊かさのひとつの証になるかもしれません。
■おわりに
白の魔法使いによる、ドールの本質に関する「三択問題」は、物語をゲームブックという形式に落とし込むときの、ある種の「不自然さ」を伴っています。というのは、その場面をもっと細かく(リアルに)考えてみると、白の魔法使いが「答えは生命の根源的な姿か、植物か、それとも子どもか、さあどれだ?」のような聞き方をするわけはないからです。
今回の記事は、そんな選択肢の構成に、あえて物語上の意味を(過剰に)読み込もうとすることを通じて、主人公である「君」や読者である私にとっての、ミラードール、アルマドール、そして虎龍といったキャラクターたちの生や死の意味を考え直すという試みでした。
また、記事の中で取り上げた、アルマドールとの対話や虎龍との戦い、そして君のドールの最後の決断については、「選択肢による分岐」「フラグや所持品による分岐」「ステータスと判定による分岐」という、ゲームブックにおけるそれぞれの分岐形式の意義がよく表れている場面だと言えます。
『ミラー・ドール』の物語は、ドールたちの生と死をめぐるテーマ設定自体に加えて、その物語がゲームブックとして表現されることで、より印象深く魅力的な、読者の心に響くものとなっているように思います。
【書誌情報】
杉本=ヨハネ『ミラー・ドール』(FT書房、2008年)※PDF版は第3版をデータ化したもので、奥付の発行年は2021年となっている
●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
■今日の新聞に対するお便りはコチラ!
ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m
↓
https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report
【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。
https://ftnews-archive.blogspot.com/
【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。
https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84
■FT新聞をお友達にご紹介ください!
https://ftbooks.xyz/ftshinbun
----------------------------------------------------------------
メールマガジン【FT新聞】
編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ
発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房)
ホームページ: https://ftbooks.xyz/
メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください)
----------------------------------------------------------------
メルマガ解除はこちら
https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2022ft0309news@blogger.com
※飛び先でワンクリックで解除されます。