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ローグライクハーフ『写身の殺人者』リプレイ vol.5
(東洋 夏)
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FT新聞をお読みの皆様、こんにちは!
東洋 夏(とうよう なつ)と申します。
本日はサン・サレンが舞台のd33シナリオ『写身の殺人者』のリプレイ小説をお届けいたします。
製本版『雪剣の頂 勇者の轍』に収録された、サン・サレン四部作のひとつです。
ファンメイドのリプレイとなりますが、お楽しみいただけましたら幸いです。
この連載は隔週でお送りしており、本日は第五回にあたります。
今日が初めての方にもお楽しみいただけるよう、まずは少しだけ主人公たちと前回までのあらすじをご紹介させていただきますね。
主人公を務めますのは、十二歳の聖騎士見習いシグナスと、元人間だと主張する不思議な〈おどる剣〉クロ。主人公ふたりをプレイヤーひとりが担当するスタイルでお送りします。
シグナスとクロは居合わせたサン・サレンの街で「悪夢殺人」とでも言うべき事件に遭遇します。これは自分の姿をした何者かに殺される夢を見て、その後、現実でも殺されてしまう。そんな気味の悪い事件なのですが、ついにシグナスもその悪夢を見てしまいました。
ふたりは犯人を捕まえるべく捜査に乗り出します。前回のリプレイでは、シグナスに怪奇現象が降りかかりました。なんと水溜まりから自分そっくりの〈ニセモノ〉が這い出してきたうえ、襲われてしまったのです! 更に不可解だったのは、相棒のクロにはその〈ニセモノ〉が見えていなかったこと。
さあ、この謎を解く鍵を見つけることは出来るのでしょうか?
解かなければいずれ、殺人犯に追いつかれてしまう……。
そんなところから今回の冒険は始まります。
なお、ここから先はシナリオのネタバレを前提に記述します。プレイするまで内緒にしておいてくれという方は一旦この新聞を閉じ、代わりにシナリオを開いてサン・サレンにお出かけいただきますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
それでは捜査の記録をご覧あれ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[探索記録5]22:被害者の家族
「さあシグナス。歩き始めるんだ。お前の声を聞きつけて警邏の兵が走ってくる前に」
〈おどる剣〉に促されて歩き始めたシグナスは、興奮冷めやらぬまま自分が見たものをクロに説明した。水溜まりに映ったニセモノの自分が嫌らしく笑ったところから、シグナスが剣でニセモノの首を斬った顛末まで。
「どう思う? これって例の悪夢事件とそっくりだよ」
「ううむ。オレが同じ体験をしなかったのは、〈おどる剣〉は夢を見ないからか?」
クロは空中でますます傾ぎ、チャマイのからくり時計のように一回転して元の位置に落ち着いた。
「しかしだな、シグナス。いちばんの問題はお前が……」
言いづらいことを口にしようとする人間が小首を傾げるように、クロは少しだけ傾いて、
「今回も殺されていないということだ」
と続ける。
冷水を浴びせられたような気持ちになって、シグナスは立ち止まった。確かにそうである。悪夢による連続殺人事件の特徴は「(1)夢の中で自分と瓜二つな存在に襲われる」「(2)やがて現実に瓜二つな存在に殺されてしまう」の流れをなぞることなのだ。つまり悪夢を見たシグナスは第一段階を過ぎているはずだが、まだ第二段階にして終点の殺人は起こっていない。
「それはその、僕が自分で戦ったからとか」
「襲われて抵抗しない奴がいるか?」
「じゃあ、うんと、セルウェー様がお助けくださっているとか」
唯一にして善の神セルウェーは聖騎士の信奉する神であり、セルウェー教はナリクの国教に相当する。確かに魔のものを阻む力はあるだろうが、しかし、
「ならそもそも悪夢をみないはずだろう」
とクロ。
「何回も悪夢を見てから襲われるのかもしれん。白昼夢のようにやって来たお前の幻覚が……」
「本当に戦ったんだってば!」
「まあまあ落ち着け。悪夢が段階を踏んで深まるとしたら、何処までいくと殺人に転じるのか。それを探るべきだな、シグナス。もう少しお前の主人が情報を置いていってくれればと思うよ。しかし犯人は、そもそも何故そんな迂遠なことをする?」
「クロは頭がいいね」
「人生経験の差だ」
「剣じゃん」
「元は人間なんだって言ってるだろ」
シグナスは相棒の〈おどる剣〉に手を伸ばした。剣は大人しく柄を握らせて、大人しく鞘に収まる。
「うん、僕もしっかりしなきゃ」
シグナスは、第一被害者の家を訪ねてみることにした。その所在地と屋号だけは、繰り返し聖騎士たちが話していたから覚えている。
そうとなれば足取りは軽い。地元民に声をかけて道を教わりながら──誰もがすらすらと教えてくれた。殺人事件からこの方、もう何度も案内しているのだろう──辿り着いたのは、立派な店構えの商店である。看板から見ると、毛皮の卸であるらしい。シグナスが拾われたリエンス家は服飾業界に手広く勢力を伸ばしているので、もしかしたら取引があるかもしれなかった。
吉と出るか凶と出るか分からないが、シグナスは閉め切られた扉のノッカーを叩いて、主人ノックス・オ・リエンスの遣いのものであると名乗る。
少し待つと僅かに扉が開き、やつれた顔の女性が顔をのぞかせた。
(※ここで悲しみにくれる被害者の妻に話を聞けるかどうか、目標値5の【幸運ロール】。シグナスで挑戦しますが、出目3で失敗……。またも「手がかり」獲得チャンスを逃してしまいました)
「何様のつもりなの! 何度も何度も同じ話をさせられて、聖騎士だかなんだか知りませんが、もううんざりです! こんな子供まで寄越すなんて非常識にも程があるでしょう! 帰って!」
サン・サレンの冬を閉め出す分厚い石の扉は、強い拒絶を示してシグナスの前で閉じられてしまった。
家族を喪うという辛さ。両親を知らず、ただひとり孤児院で育ってきたシグナスには遠い痛みであったけれど、その深さに圧倒されて自分の体をぎゅうと抱きしめた。
いつか喪うことを恐れるような人が、自分にも現れるのだろうか。主人のサー・ノックスがシグナスより先に死ぬことは絶対にないし、シグナスが落命して主人が悲しむ姿など想像できない。
「クロ」
「ああ」
「僕、知らないことが沢山あるね」
「それが知れて良かったとしておくんだな。さあ次だ。そこに立っていると、ますます奥方を怒らせるだろうよ、シグナス」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[探索記録6]23:教会の墓地
悄然としたシグナスは、それでも次の行き先を捻り出した。
「墓地に行こうと思う」
「ほう。お前にしては冴えた選択じゃないか」
と、感心した様子でクロが相槌を打つ。
「サー・ノックスがそうやって調べ物をしたって、サー・ベルールガに教えてもらったからさ」
「いやはや、なんとも口の軽い騎士だな」
サン・サレンの墓地は、土地の教会に付随している。道を尋ねながらシグナスが訪れると、教会は聖なる場らしからぬ、気忙しくて雑然とした雰囲気に包まれていた。
今しがた葬儀が終わったところらしい。開け放たれた聖堂の扉から、棺を担いだ屈強な男たちを先頭に、鎮魂歌の合唱を伴い、葬送の行進が進んでくる。
流れに逆らい聖堂の中を目指すシグナスの耳に、
「まただよ」
「怖いわねえ」
「いつまで続くのかしら」
「ナリクの聖騎士が役立つと思う?」
「さあ、領主様の兵士よりは……」
という言葉が切れ切れに聞こえた。棺の中に眠るのは、悪夢殺人事件の被害者なのである。
大急ぎで葬儀の片付けをしている聖具係に声をかけ、聖騎士の遣いだと名乗ると、嫌々のようだが司祭様に話をしてみましょうと請けあってくれた。幸いにも司祭は葬列に同道していないという。何故かと言えば、次の葬儀が待っているからなのだ。例の殺人犯のせいで。
しかし聖具係の顔には、ナリクの聖騎士の遣いであったとしても、シグナスのような子供の相手をする暇なぞないのだが、という気持ちがありありと浮かんでいた。
(※司祭にワイロの金貨10枚か、従者をひとり貸し出せば墓を掘り起こして被害者の死体の検分ができるとのこと。おお、金次第。世知辛いことです。しかしここではワイロを支払えば貴重な「手がかり」が手に入ります。背に腹は代えられませんから、手持ちの10枚を渡すことにします。これで金貨は0枚。素寒貧になってしまいました。今後は袖の下を期待されるイベントが無いように祈るばかりです)
「あのう」
シグナスは聖具係にしか見えないよう注意を払って、手を差し出す。従騎士の手のひらに置かれた金色の輝きを見て、即座にガーゴイルの渋面から天使の微笑みに切り替えた聖具係は、軽やかな足取りで司祭控え室の扉をノックした。
「お金無くなっちゃった」
シグナスが囁くと、鞘に収まったクロもまた密やかに、
「まさか金貨を全部渡した何ぞと言わんだろうな、シグナス」
「そうだけど」
人間だったら頭を抱えているところだろう。クロは、
「何とまあ、世間慣れの練習が要るようだな」
と苦々しい声で言った。
ふたりの見守る前で、次の葬儀のための準備が着々と進んでいく。故人の魂を導く精霊の像や、革張りの太鼓などはセルウェー教の教会の中には決して置かれないものだろう。前に送られた故人は鷲の精霊に導かれたようだが、次の故人は熊の精霊が送っていくらしい。鷲の顔に白い布が被せられ、次に控える熊と交代するための儀式が行われている。
手持ち無沙汰に眺めていると、聖具係が戻って来た。手伝いの人足は出せないが、殺人事件の被害者の墓を掘り起こして死体の件分をする事は認める、とのことである。幸か不幸か、昨日の葬儀で埋められたばかりなので遺体の状態は良さそうだ。
教えられた通りに墓地を歩き真新しい墓石を見つけたシグナスは、人目を憚りながらシャベルを土に突き立てる。誰も見ていない時にはクロも手助けしてくれた。重労働だが、サー・ノックスがつけてくださる鍛練に較べれば何程のことも無い。ほどなく棺の蓋が見えた。立て続けに起こる殺人事件のせいで墓穴も浅くなっているらしい。
セルウェー神に祈りを捧げて──シグナスの知っている死者への祈りはそれだけなので──蓋を開けると、首や腹についた無数の切り傷や刺し傷を隠された様子もない、見るも痛々しい死者が眠っている。死化粧を施す暇もなかったのか、それとも忌まわしい殺人事件に紐づけられるようで誰も触れたくなかったのか。
この死体は路地裏で殺された被害者で、「自分と同じ顔の奴が、愛用のナイフを奪って何度も刺してきた」と死ぬ直前に言い残したとのこと。
「見ろ、シグナス。これは妙だぞ。手が綺麗過ぎる」
クロに指摘されるまでもなく、シグナスも変だと思っていた。被害者は犯人の顔を見ている。ナイフで何度も刺されたとも証言している。当然ナイフを奪おうとしたり、急所を庇おうとすればまず手や腕に傷が残るはずだ。それなのに防御した痕跡が一切見当たらないというのは、不自然であろう。まるで──。
「自分で、刺したみたいだ……」
シグナスは口に出してから震え上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今回のリプレイは以上となります。
シグナスくんに世間の風が厳しい。
普段はとうに成人しているキャラクター達でプレイしているので「悲しみに暮れる奥方を宥めすかして」とか「ワイロを掴ませれば何とか出来る」シチュエーションも当然のように受け止めてしまうのですが、主人公を十二歳に設定したことでたちまち「大人の世界って汚い……」みたいに見えてくるのが不思議です。普段とは違う目線に立って世界と対峙できることも、ローグライクハーフ、そしてTRPGの魅力なのかもしれないと感じたふたつのイベントでした。
皆様も是非、色んな立場の主人公たちでラドリド大陸を冒険してみてくださいね。
それではまた、再来週の木曜日にお目にかかりましょう。
良きローグライクハーフを!
◇
(登場人物)
・シグナス…ロング・ナリクの聖騎士見習い。12歳。殺人者の悪夢を見ておねしょした。
・クロ…シグナスの相棒の〈おどる剣〉。元は人間かつ騎士だと主張している。
・ノックス…シグナスの主人。超が付くほど厳格な聖騎士。
・ベルールガ…ノックスの同僚の聖騎士。優しい。
・サン・サレンの領主…殺人者の悪夢に苛まれている。
・アグピレオ…領主付きの医師。心が落ち着くハーブティーの売り上げが好調。
■作品情報
作品名:『写身の殺人者』
著者:ロア・スペイダー
イラスト:海底キメラ
監修:杉本=ヨハネ、紫隠ねこ
発行所・発行元:FT書房
購入はこちら
https://booth.pm/ja/items/6820046
『雪剣の頂 勇者の轍』ローグライクハーフd33シナリオ集に収録
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