みなさん、こんにちは。編集部員のくろやなぎです。本日は、『ゲームブックにおける死と物語』の第4回をお届けします。
今回ご紹介する『豊穣の迷宮』(著:ちゃな、2020年、Kindle Direct Publishingによる個人出版)は、「豊穣神アバーティッサ」が封印された地下迷宮を探索する、全部でちょうど100のパラグラフから成る比較的コンパクトなゲームブックです。
ゲームとしてのルールはとてもシンプルで、いわゆるパラグラフジャンプ(特定の条件下で発動する、本文に指示されていないパラグラフへの転移)を除くと、各パラグラフの文章を読み、選択肢を選ぶだけで物語は進んでいき、冒険記録紙やサイコロは使用しません。ただし、複数の、それも2人や3人ではなく多数の「主人公候補」となる登場人物が用意されており、読者が誰を主人公として「担当する」かによって物語が大きく変化する、といった点では、特殊な仕掛けをもつゲームブックだとも言えるでしょう。
1回のプレイが10分以内で終わることも珍しくはありませんので、Kindle書籍の閲覧環境のある方は、ぜひいちどお気軽に(よろしければ、記事本体を読まれる前に)プレイしてみていただければと思います。
なお、作者のちゃな氏のブログでは、この作品の制作過程がリアルタイムで実況されていました。より正確に言えば、この作品は「ゲームブック制作をブログで実況中継する」という企画のもとで、ゼロから作り上げられたものなのです。そのブログもあわせて読まれると、作品についてもっと深く知ることができるでしょう(当然ながら、ブログには作品の詳細がしっかりと記述されていますので、ある程度は実際にプレイされた後で読む方がよいかもしれません)。
作品とちゃな氏のブログへは、下記のリンクからどうぞ。
『豊穣の迷宮』(Amazonの商品ページへ)https://www.amazon.co.jp/dp/B08FCL3KMF
『ちゃなのゲームブック』(2020/07/11の記事「ゲームブック制作を実況中継(1)」へ)https://chanagame.hateblo.jp/entry/2020/07/11/195800
以下の記事の中では、『豊穣の迷宮』の物語の設定や内容、ゲームとしての構造等について具体的に言及していますので、未読の方はご注意ください。
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ゲームブックにおける死と物語
第4回:『豊穣の迷宮』における主人公たちの死と物語
(くろやなぎ)
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■『豊穣の迷宮』の基本構造
それではまず、『豊穣の迷宮』の物語の基本設定と、ゲームブックとしての基本的な構造について確認しておきましょう。
『豊穣の迷宮』のプロローグは、「アバート教団」の教祖からのメッセージという形をとっており、そのメッセージの相手は「敬虔なるアバート教団の勇者達」となっています。
そこで提示される使命は、地下迷宮の深くに封じられた「豊穣神アバーティッサ」を復活させ、世界を飢餓から救うこと。教祖によれば、これまで迷宮に挑んだ信徒たちで生還できた者はおらず、しかも「帝国」からの弾圧によって教団は崩壊寸前。今回選ばれた7人に、最後のチャンスが託されたとのことです。
こうして、主人公候補である登場人物たちは、全員がひとつのチームとなって「豊穣神の復活」という使命を果たすべく迷宮に挑むわけですが、この表向きの使命とは別に、登場人物の多くは個人的な目的を抱えています。
たとえば、迷宮の中で財宝を手に入れ、それを換金して、貴族の側室となっている恋人を身請けすること。
あるいは、迷宮のコントロール機構を解き明かし、「豊穣神」というよりも「魔神」としてのアバーティッサのエナジーを掌握して、教団にも帝国にも干渉されない拠点を手に入れ、自立すること。
極端なところでは、教団と敵対する「帝国」側のエージェントもチームに紛れ込んでおり、その人物の目的は、迷宮の中で他の登場人物たちを「一網打尽に」することです。そしてまた、教祖の側でも「帝国のエージェントが紛れ込んだらしい」という情報をつかんでおり、登場人物のひとりは、そのエージェントが誰なのかを突き止めて「始末する」という密命を受けています。
このように多彩な背景や関係性を背負った登場人物たちの中から、読者は1人を主人公(あなた)として選択することになりますが、その選択にあたって、上記のような情報が最初から開示されているわけではありません。
パラグラフ1で、迷宮へ向かう一行の様子が描写された後、読者は、そこに登場した7人の中から1人を選んで担当するよう求められます。そして、読者が選んだ人物に割り当てられたパラグラフへ進むと、その人物(主人公となる「あなた」)が迷宮へ入ることになった経緯や事情が初めて明らかにされる、という流れになっています。
そのため、少なくとも初回のプレイでは、たまたま帝国のエージェントを(そうとは知らずに)主人公として選ばない限りは、読者は一行にそんな人物が紛れ込んでいるとは知らずに、迷宮の探索をはじめることになります。また、エージェントを「始末する」という密命を受けた主人公を選んだ場合も、一行の誰がエージェントなのかはわからない状態から、目的を果たすべく行動を開始することになります。
つまり、最初に誰を主人公として選ぶかによって、物語の見え方は大きく変わってくることになるのです。
背景の説明が終わると、選んだ主人公が誰であっても、「あなた」たちは迷宮の最初の分かれ道のパラグラフに辿り着きます。そこで一行は隊を分けて別々の道へ進むことになり、あなたの選択(率先していずれかの道へ進むか、あるいは周りの仲間に相談するか、それとも…)から、物語は本格的に動き出します。
地の文では、主人公は常に「あなた」という二人称のもとで描写され、そのときの「あなた」が誰であっても、同じパラグラフで同じ行動を選択すれば、同じように物語は進んでいきます。ただし、パラグラフの最後では、しばしばあなたは「さて、あなたは誰だろうか?」と地の文から問いかけられます。そこで、あなたが誰なのか、あるいは誰「ではない」かを答えることによっても、物語は分岐します。
すなわち、『豊穣の迷宮』においては、あなたが「誰なのか」(読者が主人公「を」選択した結果)と、あなたが「どうするか」(読者の分身としての主人公「が」選択した結果)、という2種類の問いが使い分けられているのです。
「あなたがどうするか」という問いは、ゲームブックではごくありふれたものですが、「あなたが誰なのか」という問いは、複数の主人公候補がいる『豊穣の迷宮』ならではのものだと言えるでしょう。以下では、この問いの意味について、もう少し詳しく見ていきたいと思います。
■『豊穣の迷宮』における物語の分岐
『豊穣の迷宮』における「さて、あなたは誰だろうか?」という問いが生み出す物語の分岐は、大きく2種類に分けることができるように思います。
ひとつは、主人公の「能力」による分岐。そしてもうひとつは、主人公の「物語上の立ち位置」による分岐です。
『豊穣の迷宮』の主人公たちは、「技術点」「体力点」のような能力値や、「特殊技能:△△」のような明示的なステータスをもっているわけではありません。しかし、それぞれの主人公には、迷宮の中のどのような危険に対処できるか、という設定が与えられています。
作者のちゃな氏のブログでは、主人公ごとに「戦闘NG、罠NG、魔法OK」のようなパターンが記載されており、これをもう少し詳しく言語化すると、たとえば「敵との肉弾戦は苦手で、物理的な罠も解除できないが、魔法による罠や仕掛けなら対応できる」といった感じになるでしょう。こうした主人公ごとの能力は、読者に明示こそされていないものの、物語上の設定と自然に結びついているため、推測することはさほど難しくありません。
『豊穣の迷宮』の「まえがき」には、「本編には各主人公につき一つずつエンディングがあり、他に隠しエンディングと無数のバッドエンドがあります」と書かれていますが、ここでいう「無数のバッドエンド」のいくつかは、「罠や敵の種類」と「主人公の能力」とのミスマッチの結果として辿り着くように作られています。
たとえば魔法の罠の部屋に入り込んでしまったとき、もしあなたが「魔法OK」の設定を付与された主人公であれば、その罠を見破って解除し、先へ進むことができるでしょう。しかし、あなたが「魔法NG」の主人公であれば、そこであなたは命を落とすことになります。
物理的な罠や、肉体的な戦闘が必要な敵についても同様に、あなたの能力がその状況に対応しているかどうかで、あなたの運命は決まります。
一方、外見上は同じく「あなたは誰だろうか?」という問いの形をとっていても、あなたの「能力」とは別の次元で分岐が発生する場合があります。
たとえば、迷宮の宝部屋やコントロールセンターを発見したとき、財貨の獲得や迷宮の掌握を目的とする主人公と、それ以外の主人公とでは、当然ながら反応は違うものになるでしょう。あるいは迷宮の奥深くで、ついに豊穣神アバーティッサの玄室にたどりついたとき、教団の敬虔な信徒と、帝国のエージェントとでは、そこで成すべきことは全く異なるはずです。
そこでの分岐の鍵となるのは、あなたの「能力」ではなく、まさにあなたが「誰」なのか、ということそのものであり、あなたの選んだ主人公の、物語上の立ち位置に他なりません。
さらに、この「能力」による分岐と「物語上の立ち位置」による分岐は、ひとつのパラグラフの、ひとつの問いの中に同居していることがあります。
たとえば宝部屋に入ったとき、あなたが財宝に特段の興味がなければ、自らの目的を優先させて、迷宮の探索を続けようとするでしょう。しかし、宝部屋に仕掛けられた罠を見抜き、あなたが無事に探索を再開できるかどうかは、あなたの能力(「罠OK」か「罠NG」か)にかかっています。
あなたが宝を抱えて迷宮から離脱するか、宝に構わず迷宮の奥へと進むか、あるいは宝部屋の中で命を落とすか。作品によっては、フラグの有無と能力値とで二重の判定を行うようなこうした状況について、『豊穣の迷宮』は、ひとつの汎用的な「あなたは誰だろうか?」というシンプルな問いを通じて、物語の分岐を生み出しているのです。
(もちろん、状況によっては、あなたがその場で「どうするか」という問いも物語を分岐させていきます。)
■『豊穣の迷宮』における主人公たちの死と物語
こうした「能力」と「物語上の立ち位置」に基づく2種類の分岐のあり方に対応するような形で、『豊穣の迷宮』における「死」にも、大きく分けて2つの種類があるように思います。
ひとつは、先ほども述べたような、あなたの能力不足による死。
つまり、「戦闘」「罠」「魔法」のいずれかの能力を欠いているために、その能力を必要とする場面を切り抜けられず、死んでしまうパターンです。
このような死の場面は、しばしば複数の主人公が到達しうる汎用的なパラグラフになっており、あなたの物語上の役割にかかわらず、あなたがどのような能力を持たないために死に至るのか、ということが伝わる描写となっています。
もちろん、その「能力のなさ」自体がその主人公の特徴のひとつなので、それもまた、その主人公らしい死だとは言えるでしょう。それでも、こうした死は物語としては唐突になりがちであり、ひとつの物語が終わったというよりは、物語が中断された、あるいはゲームの途中でゲームオーバーになった、という印象を読者に残すもののように思います。
このような死を迎えた場合、つぎにその死を回避するための方策は、「同じ場面に、対処できそうな別の主人公でトライする」か、「同じ主人公で、その主人公が対処できそうな別のルートを探す」、のいずれかになるでしょう。どちらにしても、それは「迷宮の探索ルート」と「主人公の能力」とをうまく組み合わせるパズルを解くような試行であり、そこでの死は、作品の物語的な側面よりは、ゲーム的な側面をより強く感じさせるものだと言えるかもしれません。
一方、あなたの能力にかかわらず、あなたの物語上の立ち位置に応じて訪れる死の場面も存在します。それは、あなたが「あなたとして」そこにいたことによる死であり、いわば物語上の意味を伴う死です。
このような死として印象的なもののひとつは、迷宮の最奥、豊穣神アバーティッサの玄室に、他のメンバーと一緒にたどり着いたときのことでしょう。そこであなたには、お馴染みの「さて、あなたは誰だろうか?」という問いとともに3つの選択肢が示されるのですが、どの選択肢を選んでも(つまり、あなたが誰であっても)、つぎのパラグラフであなたは死んでしまいます。
能力による分岐の場合は、その結果は「あなたに能力がなければ死に、能力があれば生き延びて先へ進める」というものでしたが、ここでの分岐は、「あなたが誰に、何のために、どのようにして殺されるか」という、物語のひとつの結末のあり方を左右するものとして存在しているのです。
ここでの3通りの死の場面は、『豊穣の迷宮』の物語にとって、単に「死のバリエーションを豊富にする」という以上の重要な意味を持っています。
この作品は、フローチャートの図形的なイメージとしては、横幅は比較的広く、奥行きは(場所にもよりますが)比較的短い構造になっています。そのため、読者がいくつかの分岐でピンポイントにここに至る選択をすれば、初回のプレイでこの場面に遭遇することも十分考えられますし、逆に、何度もゲームオーバーになったり、何人かの主人公のエンディングを見た後で、ようやくこの場面に出会うこともありえます。さらに、「まえがき」で予告された「隠しエンディング」に到達するためには、この「死の三択」のパラグラフを最低2回は訪れる必要があるため、最初にここで死んでから、他のルートを踏破した上でここに戻ってくる場合もあるでしょう。
ここでの主人公たちの死の場面は、物語にとっては一種の「種明かし」のような側面も持っているのですが、プレイを繰り返す中でのどのタイミングで、どの「あなた」として、何をどこまで知った上で経験するかによって、読者が受ける印象は大きく変わってくるように思います。すでに関連する情報を持っている読者にとっては、「やはり」という答え合わせのような意味を持つでしょうし、逆に、初回や2回目のプレイでここに辿り着いた読者の場合は、その後のプレイは「そこで起きたできごとの意味を知る」という、倒叙的な趣向を帯びたものになるかもしれません。
このような死は、迷宮の構造とあなたの能力とのミスマッチに由来する死や、特定の場面での選択を誤ったことによる死とはまた別の形で、『豊穣の迷宮』の物語に対する洞察を深め、あるいは洞察の起点となるもののように思います。
読者ごとに違う視点や順序のもとで、迷宮内で起こるさまざまなできごとを経験しながら、主人公たちの意図と因果の絡み合いの全貌を知ること。それは、主人公としての「あなた」に与えられた使命や目的とは異なる、読者としての「あなた」に与えられたひとつの目的、あるいはひとつの楽しみであると言えるでしょう。
■おわりに
『豊穣の迷宮』の「あとがき」には、作品について「一回のプレイ時間はごく短いものですが、繰り返し挑戦していただくことで、物語の全容が明かされる仕掛けになっています。気に入った主人公、好みの物語が見つかったなら何よりです。」と書かれていますが、ここで2回出てくる「物語」という言葉には、それぞれ別の意味が与えられているように思います。
「物語の全容が明かされる」というときの「物語」は、『豊穣の迷宮』というゲームブック全体を構成する、100パラグラフすべてが織り成す集合的な物語を指すものとして解釈できます。これに対して、「気に入った主人公、好みの物語」というときの「物語」は、ひとりの「あなた」が迷宮に入ってからひとつの終わりを迎えるまでの、ひとつの物語を指すものとして受け取れます。
ここには、ゲームブックにおける「物語」の複数のあり方が表れており、そのどちらをどのように楽しみ味わうかは、個々の読者に委ねられていると言ってよいでしょう。
主人公がひとりだけである多くのゲームブックにも、もちろん同じように、こうした複数の「物語」のあり方を見て取ることができるはずです。
それでも、『豊穣の迷宮』における複数の主人公たちの存在と、「あなたが誰なのか」という問い、そしてそこから生まれる物語の分岐と死のあり方は、ゲームブックという形式のもとで書かれた物語の多層性とその魅力を、より鮮明に教えてくれるもののように思います。
【書誌情報】
ちゃな『豊穣の迷宮』(Kindle Direct Publishingによる個人出版、2020年)
ちゃな『ちゃなのゲームブック』 (ブログ)https://chanagame.hateblo.jp/
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