(編註:この記事は、過去の人気記事を再配信するReシリーズです。文中のコメント等は全て当時のものとなっております) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ オレニアックス生物学 Vol.9 『アリ人』 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ 生物学の授業は非常に重要な科目だった。 アランツァの地での戦いは、戦争となるとまた話は別だが、人間以外の生き物と交戦することも少なくなかった。 聖オレニアックス剣術学校のカメル・グラントは生物学の権威。 そんな彼の授業は生き物の外見、性質、そして対処方法を教えてくれる。 生徒たちを生き残る道へと導く、確かな灯火だ。 今日もカメルの授業が始まる……。 生物学の授業は午後からだったため、生徒たちは陽気な天気に誘われ、自然と眠気に誘われていた。 「今日は天気がいいから、昼食を外で食べたんじゃ。ニンジンとリンゴ、それにサボテンのソテーだったんじゃが、そこにアリがたかってきた」 突拍子もないはじまり方をした授業に、生徒の気持ちは惹きつけられた。カメルはいつもと違い、何について教えるかも言っていない。 「アヴィオンくん。アリはどんな生物だね? 恐れるに値しない生物だと思うか?」 アヴィオンは首を横に振る。 「アリは恐ろしい生物です。平和なアリのほうがよく知られているだけで、毒のあるやつもいれば刺すやつもいます」 カメルはうなずく。 「ありがとう。質問したのは、君がくさびらの森出身だからだ。今日の授業はアリ人、くさびらの森の北に多数生息している知的種族だ。さて、アヴィオンくん。君から見たアリ人はどんな種族だね?」 アヴィオンはしばし考える。 「一言で言うなら脅威です。いつも人間の村を占拠しようと狙い、折々には恐れ知らずの戦いを仕かけてくることもあります。手に持つ武器は大したことありませんが、生まれつきの能力が強力です。多様な種が存在するうえ、戦闘に対する恐れを知りません」 「ふむ。ありがとう。アリ人はそう、恐ろしい種族だ。アリの多様性と優れた身体能力を継承していながら、人間並みのサイズがある。知能はさほど高くないが、制圧した村の人間を奴隷にするぐらいのことはやってのける。アランツァの第8の種族と言われ、アリ人の都市が存在するほどの勢力を誇っている」 人間。エルフ。ドワーフ。コビット。ゴブリン、オーク、トロール。これら7つの種族の次に勢力が大きい。 「彼らは知能はそれほど高くない。だが、命令に対する忠実さは目を見張るものがある。個々のアリ人と友だちになることは難しくないが、戦闘になると統率者に絶対服従、まったく別の個体としか思えない戦い方をする。アンデッドたちと同じぐらいに命知らずで、こちらが仲良くなった相手だろうと何だろうと、殺すのに何の躊躇(ちゅうちょ)もない」 カメルは白墨を手に取り、黒板に「クァアッククラック」と記入する。発音しにくい名前だ。 ガリィが「クあクくラク」と発音して、クラスにクスクス笑いがさざめきのように広がる。いったいこいつは、どこまでマジメにやっているんだ? 「静かに。クァアッククラックはその家も城壁も、彼らのだ液と土を混ぜて混ぜて作られる。彼らは自分のだ液でできた壁に囲まれて暮らしているのだ」 カメルは鍾乳洞にも似た、彼らの家々を黒板に描く。 人間のつくる建築物と違い、継ぎ目も直線もない建物だ。 「さて、この建築材をさらにもう一度口の中に入れ、練り込み、強度の高い素材にしたものを『ダガ』と呼ぶ。ダガは粘り気があって丈夫だが、アリ人の頑丈なアゴをもってしても、1日にほんのちょっぴりずつしか作れない。なかでもダガ製の防具は軽く、矢をよく防いでくれるが、高級であまり一般的ではない。この事実はどのように役立つかね、ヘイルくん」 ヘイルは顔をあげて、平然と答える。 「ダガの鎧を着ているのは、アリ人の貴族です」 カメルは驚いてヘイルを見返す。明らかに、ヘイルは答えを知っていたのだ。 彼の卓越した剣の技量は、ゴーレムになる以前の人生と関わっているに違いない。だが、カメルはその半生を具体的には知らない。 「そのとおりだ。ダガは生産費用が高いから、平民は着ることができない。逆に王族になると、アリ人の口で作られたものを着ることはない。ダガを着ているものは、人間でいう騎士の身分というわけだ」 カメルは長いまつ毛の奥でヘイルを見ている。前の授業でヘイルは、668年のウォードレイク戦役に参戦したと言っていた。20年も前の戦争だ。本当だとした ら、彼の実年齢は少なくとも35歳以上ということになる。 「平民を中心としたアリ人の戦士には、恐るべき能力を持つ者たちが確認されている。中でも脅威なのは『ジバクアリ』だ。このアリは女王の命令、あるいは種にマイナスになりそうな存在を見つけると、激しい音を立てて爆発する。コビットの花火かゴブリンのお手製爆弾のように、バシュッと。至近距離でこれをやられたら、どんな屈強の戦士も無事では済まない」 クラスの雰囲気がすっかり重くなる。 カメルはそれを敏感に感じ取り、話題を少しライトな方向にシフトする。 「一方で、オレリア島のアリ人たちは友好的で、仲良くなるとクラックボールと呼ばれる甘い水の玉をお尻から出してもてなすことで知られている。昔、世界を旅しているときに知り合った、オレリア島出身のアリ人にもらったことがある。うまかったぞ」 カメルは授業を続ける。若いころ世界を旅した経験を、こうして話せるのは嬉しいものだ。 急にガリィが手を挙げる。 「せんせーは何の上に乗って旅をしたんですか?」 カメルは一瞬あっ気に取られ、ぽかんとした表情のまま答えた。 「ラクダだ」 クラスが爆笑の渦に包まれる。剣士の卵と呼ばれる少年が、尻馬に乗って叫ぶ。 「先生すげー! 勇者だ! ラクダオンラクダ! 理由は? 先生理由は? やっぱりラクだったから? 気心がしれてラクだったから?」 数秒後、ガリィと君はクラスの前のほうで正座させられていた。ちょっとはやし立てすぎたな……。 「君たちにいちおう言っておくが、私はラクダではない。ラクダのことは大好きだが、ラクダ人とラクダは人間と猿ぐらい違うのだよ。トカゲ人とトカゲ、アリ人とアリも同様だ。それを一緒くたにして扱うのは非常に危ない行為だ。それが温和な生物学の教師なら、報いは授業の終わりまで正座するぐらいでいい。だが、好戦的なアリ人に同じことをしてみたまえ。あっという間に殺し合いだぞ。国を代表することもあるオレニアックスの生徒が、そんな迂闊(うかつ)なことでは困る。肝に銘じておくように!」 博士はピンと背すじを伸ばしたまま、教室の扉を開ける。ありがとうございました!と声が響く。 若い生徒たちに教えることのうち、どれが役立ち、どれが無駄になるかは分からない。 だが、いくつかはきっと、彼らの命を永らえさせてくれるだろう。そう信じて博士は今日も教鞭をとる。 (From:杉本=ヨハネ) ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください) ---------------------------------------------------------------- メルマガ解除はこちら https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2026ft0409news@blogger.com ※飛び先でワンクリックで解除されます。