おはようございます。FT新聞編集部員のくろやなぎです。 本日は『ゲームブックにおける死と物語』の第9回として、『単眼の巨獣』(著:ロア・スペイダー、2025年、FT書房)に関する考察記事のつづきをお届けします(前回掲載は2026/07/28、No.4934)。 『単眼の巨獣』の主人公である「君」は、「混沌」と呼ばれるモンスターです。 混沌は「あらゆるものを取り込み、成長を続ける」という特徴をもっており、成長過程で「取り込んだ」相手に応じて、その姿や能力を大きく変えていきます。 ゲームのシステムの中で、君の成長は【能力】および【スキル】の取得や、それらと連動した「戦闘力」および「体力」の増加という形で表現されますが、成長のプロセスは君(読者)の選択に応じて変化し、プレイごとにさまざまな姿や能力のモンスターが構築されていくことになるでしょう。 前回の記事では、作品の最序盤の構成を一種のチュートリアルに見立てて、読者の選択が君の成長(あるいは死)にどのように関わっているのか、その一端を具体的に追ってみました。 そこで君が辿るルートは細かく分岐しますが、すべてのルートは(GAME OVERにならない限り)ひとまず一体の中ボス的な敵のところで合流します。 今回は、この敵と「君」との関係性が、『単眼の巨獣』の物語においてどのような意味をもっているのかを中心に、考察を進めていきたいと思います。 記事の中には、作品全体の構成や、作品内での重要な出来事に関する具体的記述が含まれます。未プレイの方はご注意ください。 作品はBOOTHにて販売されていますので(本稿作成時点では在庫あり)、実際に読みたい・遊びたい、と思われた方はぜひお早めにどうぞ。 [FT書房公式HP内 『単眼の巨獣』紹介ページ] https://ftbooks.xyz/shinkanjyoho/tangan また、作品をお持ちでない方は、以下の本文を読まれる前に、いちど上記URLの『単眼の巨獣』の紹介ページを開いていただき、ページの先頭に置かれた表紙のイラストと、ページをスクロールした先(解説文の末尾)に並べられた2枚のイラストを、あらかじめ(あるいは、記事と並行して)ご覧いただければと思います。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ ゲームブックにおける死と物語 第9回:『単眼の巨獣』における成長と「生物であること」 (くろやなぎ) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ ■君と一つ目狼の「混沌」らしさ 前述の『単眼の巨獣』の紹介ページの先頭には、作品の表紙と、作品の特徴を整理したレーダーチャートが示されています。 表紙に描かれているのは、一体の巨大なモンスター。全体としては四足獣に翼を生やしたような構造ですが、左右の前肢は互いに全く異なる形状で、背中や脇腹からは機械的な砲口を含むさまざまな突起物が生え、長く鞭のように伸びる尻尾の根元は、鱗とも樹皮ともつかない組織に覆われています。それぞれの部位のそばに添えられているのは、その由来となっている生物や機械のイラストでしょう。 イラストレーター中山将平氏の解説によれば、この表紙のモンスターは、実際に中山氏が作品をプレイした際の、主人公である「君」の「途中の姿」を想定したものだということです。さまざまな生物や機械の寄せ集めのような、全体として「何」と呼んでよいのか困ってしまう奇妙な姿には、たしかに「混沌」という種族名や「単眼の巨獣」という作品タイトルが似合います。 作品のプロローグでは、混沌について「城壁よりも大きな巨体に、生き物ではありえないほどの数多くで乱雑にとりつけられたような特殊能力」「神が作り上げた生物という規則正しく効率的な創造物とは真逆の存在」と書かれていますが[p.10]、そこで改めて表紙のイラストを見返してみると、その「乱雑」さや不規則性の実態がよくわかるように思います。 紹介ページを読み進めていくと、中山氏の解説の最後にも2枚のイラストが並べられています。 左側のイラストは、作品の中ではプロローグの冒頭[p.8]に置かれているもので、表紙とは別のモンスターが描かれています。これは、君の「分裂元」で、いわば生みの親にあたる「森の一つ目狼」の姿であり、その前肢と顔の近くには、生まれたばかりの君である「丸っこい、液体じみた」一つ目のモンスター(しずくの怪物)がいるのも見て取れます。 このイラストの一つ目狼は、一応「狼」という呼び名が適用できる程度には、既存の生物に近く、統一感のある全体像を保っています。もちろん、背後の森の木々に並び立つような巨大さや、鱗に覆われた太い尻尾、そして顔の中心にある縦長の単眼といった異様な特徴はあるものの、表紙に描かれた君(の可能性のひとつ)の姿と比較してみると、「普通の生物」に近いというか、混沌としての「乱雑」さや不規則性が抑え気味な印象も受けます。 プロローグの文章では、その生息環境が周囲から隔絶された原生林であったため、一つ目狼が「普通の混沌より個体として少し小さく、弱かった」とされています[p.11]。一方、一つ目狼のイラストからは、そのサイズや強さをはっきりと見積もることはできませんが、少なくとも外見上の「生物としての異様さ」の程度においては、一つ目狼は表紙の君よりも、「混沌」らしさの程度が控えめだと言ってもよいかもしれません。 プロローグの時点で、生まれたばかりの君は、一つ目狼のイラストに小さく描かれたように、混沌としての「乱雑な」特徴は何ももたない液体じみた存在でした。しかし、表紙のイラストで描かれた「途中の姿」の段階では、すでに一つ目狼よりもずっと混沌らしく、さまざまな生物や機械のパーツが入り乱れる奇妙な有機体へと成長を遂げています。 そして、その成長過程の一場面を描いたものが、前述の紹介ページで一つ目狼のイラストと並べて提示された、もう1枚のイラストです[作品中ではp.47に掲載]。 このイラストに大きく描かれているのは、液体じみた「しずくの怪物」の面影を残した一つ目のモンスターであり、そのモンスターは、破壊された機械らしきものに覆いかぶさっています。これは、絶海の孤島を探索中の君が、最初の中ボス的な敵である「チャージ・コンパニョン」と呼ばれるゴーレムを倒し、それを「取り込んで」いるときの様子だと考えられます。 このイラストでの君の姿は、一つ目狼のイラストに添えられた、生まれたばかりの君の姿に近いものです。表紙に描かれた君の姿とはかけ離れており、混沌としてはやや小さく弱いはずの一つ目狼と比べても、この時点の君の方がまだはるかに小さく弱い存在であることは間違いありません。 しかしそれでも、このイラストに描かれた「チャージ・コンパニョンを取り込む君」の姿は、混沌としての君の成長における重要な契機であり、ある意味では、君が「分裂元」である一つ目狼を超えていくことの象徴にもなっています。 君を生み出した一つ目狼と、生まれたばかりの君。 破壊されたチャージ・コンパニョンを取り込んでいる君。 そして、いかにも混沌らしい奇妙な存在へと成長を遂げた君。 これら3枚のイラストが描き出す、一つ目狼と君、そしてチャージ・コンパニョンとの関係性とその意味について、以下でもう少し詳しく見ていきましょう。 ■ゴーレムを「取り込む」ことの意味 先に述べたように、一つ目狼の生息環境は周囲から隔絶された原生林でしたが、その外部と全く関わりがなかったわけではありません。 実際、「森の一つ目狼」という呼称が生まれる程度には、一つ目狼は人間たちの社会からその存在を知られていました。また、一つ目狼の側でも、人間のことは「強さでいえば大したことはなく、数で来られると厄介」な生物として認識しており、動きが統率された「兵士」と普通の人間とを見分けることもしています。もっとも、「今まで見た人間は、姿を見ただけで逃げ出していった」ともあるため、軍や討伐隊といったレベルの集団との本格的な戦闘の経験はなかったようです[p.13]。 そんな人間たちが、初めて「戦う意思を持って」一つ目狼のもとにやってきたのが、プロローグの場面です。 一つ目狼は、自分に敵うはずのない「たかだか数十人」の人間が向かってきたことを不審に思いますが、すぐにその理由が判明します。人間たちは、戦闘用のゴーレムを連れてきていたのでした。 以下は、プロローグからの引用です。 「戦闘ゴーレム『チャージ・コンパニョン』配置につきました!」 兵士の掛け声とともに、囲んでいた「チャージ・コンパニョン」の体についていた大きな一つのレンズ奥が広がる。チャージ・コンパニョンと呼ばれるゴーレムに対して、森の一つ目狼は嫌悪感を覚えた。見た目は明らかに生物ではないのに、生物の気配がする。存在してはいけないものが目の前にいることに気持ち悪さを感じた。だが、いずれにせよ、やることは一つ。相手を倒すことだ。[pp.13-14] 上記の場面において、一つ目狼は、初めて見る「チャージ・コンパニョン」に対して「嫌悪感」を抱き、「存在してはいけないもの」として、その存在に「気持ち悪さ」を感じます。その理由は、目の前のゴーレムの見た目が「明らかに生物ではない」のに、そこから「生物の気配がする」からです。 これに続く場面で、主力たる「バーバリー・アサルト」と呼ばれる人型のゴーレムが姿を現すと、一つ目狼は「生物」云々よりもその強さや「威圧感」の方に反応し、敵に対応するための行動に移ります。裏を返せば、最初に出現したチャージ・コンパニョンが補助戦力レベルの敵だったからこそ、一つ目狼は相手の「ゴーレムとしての特性」の方に目を向ける余裕があり、それゆえに自身の「嫌悪感」や「気持ち悪さ」をはっきりと認識することができたのかもしれません。 その後、一つ目狼はゴーレムたちと戦い、チャージ・コンパニョンのうちの一体を破壊して海に落としますが、数の力には勝てずに抑え込まれ、最後はバーバリー・アサルトによって殺されます。そして、一つ目狼によって破壊されたチャージ・コンパニョンは、おそらく君と同じように海を漂い(浮力がどのように生じたのかという疑問はありますが)、島の砂浜に打ち上げられ、やがて君に発見されることになります。 作品の《ブロックA》(前回の記事を参照)の最後で、この壊れたチャージ・コンパニョンは、「場違いな存在」「自然あふれるこの島に不釣り合いな明らかな人工物」として記述されます[p.36]。これは作者から読者に向けて書かれた地の文での表現ですが、同時にまた、「君」からチャージ・コンパニョンへと向けられた視線のあり方を反映したものだとも言えるでしょう。 本来、この絶海の孤島において、チャージ・コンパニョンと君は、どちらも外部からの漂着者という点では同じ立ち位置のはずです。しかし君は、自分自身を島の「自然」の側に置く一方で、チャージ・コンパニョンだけを「場違いな」「不釣り合いな」存在として他者化しようとします。 なぜ君は、たまたま流れ着いたこの島の「自然」の中に、当然のように自らを同化させているのでしょうか。 そしてまた、この問いは、「生物」というカテゴリーに対する一つ目狼の不思議なこだわりとも繋がっています。 先に述べたように、混沌というモンスターは、人間側の視点からは「生き物ではありえない」ような乱雑さをもち、普通の生物とは「真逆の存在」として語られる存在です。「生物」というカテゴリーの境界を撹乱するような、「生物」と「生物ではないもの」とのあいだの越境的な存在という点では、混沌とゴーレムは一種の似た者同士と言ってもよいのですが、それでも一つ目狼は、チャージ・コンパニョンに対して「嫌悪感」を覚え、「存在してはいけないもの」として強い拒絶反応を示します。 一つ目狼や君にとっての、「生物」と「自然」。その意味するところは、プロローグの最後、君が島の砂浜に流れ着いた以下の場面で示唆されています。 ここは絶海の孤島。人の手が入ることはなく、隔絶された空間だ。様々な生物が生存競争をしている大自然が生み出した蟲毒のような場所だ。 君は砂浜に降り立つ。森のほうから感じる気配から、自分がこの島では底辺に近い強さしかないことを本能で感じた。普通の生物ならここで逃げ出そうと考えるだろう。だが、君は『混沌』。混沌にとってここはホームグラウンドだ。『混沌』はすべて、他者と戦い取り込み、高みへと成長している。 そして、この島の生物の中で一番才能があるのは君だ。現時点での強さは最低だが、敗者を食らってその力を己のものにする力は誰よりも優れていると断言できる。最弱ではあるが、最強に最も近い存在なのだ。[p.18] このように、島の「大自然」は生物たちの「生存競争」の場であり、強者が弱者を、勝者が敗者を食らう、弱肉強食の世界として描かれています。 ここで私が「弱肉強食」と呼ぶ原理が、単なる比喩ではなく文字通りのものであることは、作品の最序盤を何度かプレイした方であれば、よくわかることと思います。 君は、戦闘で倒した相手を「取り込み」ますが、この取り込むという行為は、生物としての「食べる」という行為とほとんど重なり合うものとして描写されています[p.19]。そして、さらに重要なことに、《ブロックA》で遭遇する島の生物たちは、君が戦闘で敗れた場合もまた、必ず君を食べているのです。 以下、《ブロックA》で君の戦闘力が相手より低かったとき、あるいは戦闘処理をするまでもないほど実力差のある相手に向かっていったときの記述を抜粋してみましょう。 ・ラン・バードは君の体をすれ違いざまにかじり逃げていく。体力の現在値を5減らすこと。[p.25] ・体力の現在値を10減らす。その後、死体漁り達は君の体の一部を食べて満足したのか逃げていく。[p.30] ・君はマグマレックスの胃の中に落とされ、その生涯を終える。GAME OVER[p.31] ・体力の現在値を-(2×1D6)する。これにより、体力の現在値が0以下になった場合、君の体は電撃に耐え切れず活動を停止して食べられてしまいGAME OVERとなる。[pp.34-35] ・逃げることもできず、あっさりと食べられてしまった……。GAME OVER[p.37] このように、作品の最序盤における君の敗北(戦闘力不足)や死は、「かじられる」「食べられる」という結果を伴います。 強制的なGAME OVERのパラグラフでの記述だけでなく、「体力の現在値を減らす」というゲーム的な処理においても、わざわざ君(の一部)が「食べられる」ことが明示されており、生物同士での「食べる/食べられる」という関係性がことさら強調されていると言ってよいでしょう。 勝者が弱者を文字通り食べ、その血肉とする。 すべての相手を「取り込む」ことを「本能」とする混沌は、そのような弱肉強食の原理を体現するような存在です。 君がたまたま流れ着いた絶海の孤島は、君の見知らぬ島ではありますが、さまざまな生物たちが弱肉強食の原理に従い生きているという点において、混沌である君にとっては馴染み深い「ホームグラウンド」となります。そして、一つ目狼にとっての「森」もまた、そのような場所だったのかもしれません。 一方、チャージ・コンパニョンは生物ではないため、相手を「食べる」ことはなく、通常の相手から「食べられる」こともない、食物連鎖の外側にいるような存在です。この点において、一つ目狼や君の前に現れたチャージ・コンパニョンは、たしかに森や島に生きる「生物」たちの世界にとっては「場違い」な存在として位置づけられるかもしれません。 しかしまた、混沌というモンスターの特殊性は、普通の「生物」とは異なり、そのような異分子であるゴーレムたちをも「取り込む」(食べる)ことができる、という点にあります。 壊れたチャージ・コンパニョンは、自力での移動はできないものの、光線による攻撃能力を残しており、接近する相手を返り討ちにしようとします。それに打ち勝つ(戦闘力で上回る)と、君はチャージ・コンパニョンを取り込み、新たな【能力】や【スキル】を取得することができますが、ここで特に重要なのは、【必殺スキル】(常に1種類しか所持できない、特別なスキル)である「拡散光線」を取得するときの以下の描写です。 チャージ・コンパニョンの最深部の部品を取り込んだことで君の中で何かが覚醒する。森の一つ目狼が最後に見せてくれたあの攻撃。瞳から光線を放つ攻撃だ。本能で同じことができるというのはわかっていたが、実際にどうすれば出せるのかがわからなかった。しかし、同じようにエネルギーを光線上にして出す機構を、一部破損していたとはいえ取り込んだことで、その原理を理解する。 スキル「拡散光線」をつかえるようになった。「拡散光線」を必殺技スキルに記入すること。[p.45] 君の分裂元である一つ目狼の必殺技だった、瞳からの光線による攻撃。それは偶然にも、仇敵であるチャージ・コンパニョンの攻撃によく似ており、君はチャージ・コンパニョンの機構を取り込むことで、「その原理を理解」し、自分自身でも使えるようになります。 チャージ・コンパニョンの機体に備わった「大きな一つのレンズ」を前にして、一つ目狼は「嫌悪感」を抱き、そして殺されましたが、この場面では、その機械的なレンズこそが君の成長の鍵となるのです。 君が島で遭遇したチャージ・コンパニョンは、すでに一つ目狼によって破壊され、わずかな残存機能しかもたない状態でした。 そのため、チャージ・コンパニョンを倒したからといって、その時点の君が一つ目狼よりも強くなったわけではありません。 それでも、森や島の「生物」たちにとっての異分子であるゴーレムを取り込み、自らの一部にしたという点において、たしかに君は「混沌」として、一つ目狼が越えられなかった壁をひとつ乗り越えたと言えるでしょう。 君がチャージ・コンパニョンを取り込むイラストは、やがて表紙のような混沌へと成長していく過程での、重要な転機となる場面を切り取ったものとして見ることができます。 ■混沌とゴーレムの「喰らい合い」 この「チャージ・コンパニョンを取り込む君」に関する描写を、さらに別の角度からも見てみましょう。 以下は、君がチャージ・コンパニョンを倒した直後の場面です。 そして、火花と煙を上げているチャージ・コンパニョンを見下ろした。めくれた装甲板から内部を見ると、わけのわからない金属部品がひしめき合っているが、それだけではない。なにかエネルギーを蓄えていたり、動物の筋肉らしき生体部品もあった。チャージ・コンパニョンの中に入り込み、取り込めるものをできるだけ取り込もうとする。生体部品はすぐにでも取り込めるが、金属部品やエネルギーが高いものは時間がかかるだろう。しかし、焦る必要はない。幸いにも、このチャージ・コンパニョンの亡骸はシェルターの役割を果たしてくれる。能力を取り込む時間をしっかりと稼いでくれるはずだ。チャージ・コンパニョンの中で、数年かけてその力を取り込むことに集中した。[p.40] 「生体部品」と「金属部品」のハイブリッドとしての、チャージ・コンパニョンの機体。この「生体部品」の存在が、一つ目狼が感じた「生物の気配」の正体だったのでしょうか。この破壊された機体に対して「亡骸」という表現が適用されていることも、チャージ・コンパニョンがある程度「生物らしきもの」であったことを示唆しています。 ここで特に注目したいのは、生体部品は「すぐにでも」取り込めるのに対し、金属部品を取り込むには時間がかかるとされていて、実際に君がそこで「数年」もの月日を過ごすことになる、ということです。 この「取り込み」に要する時間スケールの大きな違いは、生体部品と金属部品、あるいは「もともと生物であったもの」と「生物でないもの」とのあいだの隔たりを表現しているとともに、物語の展開にも決定的な影響を与える要素となります。 数年かけてチャージ・コンパニョンの取り込みを終えた君は、島の中心へと向かい、(途中で敗北しなければ)島の頂点に君臨する「マグマレックス」と戦います。その戦いに勝利すると、マグマレックスを取り込んでさらに強くなった君は、こんどは自らの意思で海を渡り、生まれ故郷の森へと帰還します。 しかしそのとき、かつて森であった一帯は大きく姿を変え、人間たちの王国の軍事基地となっていました。 君がチャージ・コンパニョンを取り込むための数年間は、人間たちが君(と一つ目狼)の故郷の森を切り開き、王国の一部として「取り込む」ための時間にもなっていたのです。 ゲームが順調に進めば、君(そして読者)は2つの印象的な光景を目にすることになるでしょう。 ひとつは、人間たちの研究材料として氷漬けにされている、頭部のない一つ目狼の「遺体」。[p.105イラスト] そしてもうひとつは、プロローグの一つ目狼のイラストに描かれた「角」と同じものを頭部に生やした、人型ゴーレム「バーバリー・アサルト」の姿です。[p.101イラスト] 混沌でも生物でもなかったはずのゴーレムが、まるで一つ目狼の頭部を食べて「取り込んだ」かのような姿で君の前に現れるという、取り込む側と取り込まれる側とが逆転したような奇妙な光景。 もちろん、ゴーレムが「自然に」そのようなことを成し得たわけではないでしょう。君がゴーレムを取り込んでいる数年間のあいだに、人間たちは一つ目狼の遺体を解剖し、解析し、そのパーツをゴーレムに移植することに成功したのだと考えられます。 表紙に描かれた、生物由来のさまざまな部位と機械的な砲口から成る君の姿は、ある意味では、生物由来の部位だけが見えている一つ目狼の遺体よりも、機械的な鎧に生物の角を生やした、バーバリー・アサルトの方に似ています。 「生物」と「生物ではないもの」との混成体として、その比率は真逆だとしても、君とバーバリー・アサルト、混沌とゴーレムは、「生物であること」をめぐる境界線を侵犯しあい、互いを喰らい合うような鏡写しの関係性にあるとも言えるでしょう。 ゴーレムに対する一つ目狼の「嫌悪感」は、そのような可能性への無意識の警戒や恐れ、あるいは一種の同族嫌悪のようなものだったのかもしれません。 チャージ・コンパニョンを取り込む君の姿の裏側には、一つ目狼の角を「取り込む」バーバリー・アサルトの姿があり、さらにその背後には、その同化を操作する王国の人間たちの存在があります。 混沌とゴーレムとの喰らい合いに、絡み合う人間たちの意思や感情。 こうした構図は、君が作品の序盤の舞台である絶海の孤島を離れて、人間たちの王国へと乗り込んでから、物語の前景として立ち現れることになります。 ■おわりに 混沌という種族や君という個体が「生物」であるということは、裏を返せば、何らかの形で「死ぬ」存在であるということです。 作品の最序盤においては、君の死は相手に「食べられる」ことと強く結びついていましたが、チャージ・コンパニョンとの遭遇以降は一転して、君が相手に食べられるという描写は物語から姿を消します。 では、君がより強く、より巨大に、より「混沌」らしい奇妙な存在へと成長していく中で、生物としての君の死は、ゲームのどのような進行の中で訪れ、物語の中でどのように描写されることになるのでしょうか。 次回の記事(配信日未定)では、作品の中盤以降における君の死やGAME OVERのあり方をテーマとして、『単眼の巨獣』の考察のつづきを展開する予定です。 【書誌情報】 ロア・スペイダー『単眼の巨獣』(絵:中山将平、監修:杉本=ヨハネ、FT書房、2025年) https://booth.pm/ja/items/6823989 FT書房公式HP内 『単眼の巨獣』紹介ページ(ストーリー紹介:杉本=ヨハネ、解説・イラスト:中山将平、2025年) https://ftbooks.xyz/shinkanjyoho/tangan ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: 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