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2025年9月21日日曜日

アランツァワールドガイドVol.15 死霊都市フアナ・ニクロ FT新聞 No.4624

おはようございます、編集長の水波流です。
杉本=ヨハネより預かりまして、今日配信するのは「アランツァワールドガイド」。
「死霊都市フアナ・ニクロ」の紹介です!

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肌寒い渓谷を小走りに抜けていく、2組の影。
旅人カメル・グラント教授はふたつのコブがあるラクダに乗って、この土地に足を踏み入れた。
横には友人であるアレス・マイモローがいる。
カメル教授は生物学者、アレスは地理学者。
2人とも、学問のために諸都市を巡っている。


◆死霊沼。
渓谷を抜けると、道は湿地帯へとつながっている。
分かるのはそこまでだ……濃い霧が立ち込めていて、1メートル先も十分には見えない。
一列に並んで進む2人。

「なんて霧だ……運が悪いな」

そうつぶやいたカメルの背後で、アレスが答える。

「いや、カメル。ここはいつもこうなんだよ」

2人が横切っている沼地は「死霊沼」と呼ばれる土地だ。
1年を通して霧が発生しており、先を見通せることがほとんどない。
この土地の住人たちの、未来のように。

先を見ても何も得られないので、カメルは速度を下げて、足もとに目線を落として進む。
水気をたっぷりと含んだ枯れ草と葦。
それらに混じって、ボロボロの洋服が落ちている。
服のすき間から白いものが見えていることに気づいて、カメルは心に不快さと不安を覚える。
白骨化した人間の遺体だと、すぐに気づいた。


◆死霊都市フアナ・ニクロ。
「大丈夫だ。少なくとも、昼間はな……。」

アレスが背後から、カメルに声をかける。カメルの顔色が見えたわけはないが、友人どうしである……察したのだろう。
無言で進む2人。
沼地に入って何分経っただろうか。カメルのラクダの前に黒い影が現れる。霧の中から、唐突に。それははじめ、白骨化した〈がい骨〉のように見えた。1体ではない。2体3体と、行く手をさえぎるようにゆらゆらと立ち尽くしている。手に手にボロボロの農具や棒きれなどを持って。

「カメル、手を出すな! 敵じゃない」

アレスが叫ぶ。

「フアナ・ニクロの住民だ。彼らに手を出す者を、街は歓迎しない」

カメルは冒険者でも、兵士でもない。だから、反撃に出る可能性は低いと、アレスは思っていた。それでも、警告をせざるを得ない。万が一のことが起きては、この土地を生きては出られないだろう……2人とも。アレスはそう思う。だが、口には出さなかった。
カメルは彼らにぶつからないように、ゆっくりとラクダの歩を進める。
静寂のなか、彼らの身体にたかるハエの羽音だけが、やけに大きく聞こえていた。


◆「街壁」の内側へ。
沼地を抜けると、そこかしこに黒ずんだ天幕が張られた土地にたどり着く。
白っぽい芯材を使った、革製の天幕だ。
異様なにおいがするので、カメルは鼻と口を布で覆い、できるだけ浅い呼吸で道を進む。
人影はない。
天幕を観察して、カメルは再び顔をしかめる。
天幕に使われている革が、人間型種族のものであることに気づいたからだ。
おそらくは、人間だろう。

それから、木製の柵にたどり着く。
人間の身長と同じぐらいの高さの柵だ……これが街壁だと気づくのに、一瞬の時間を要した。
柵の切れ目に門があって、そこに痩せた背の高い番兵が2人、立っている。
アレスが通行証を広げると、落ち窪んだ眼窩で異様に白く見える瞳で、番兵がアレスを見る。
その目は通行証ではなく、アレスそのものを見ている。
時間にすれば30秒程度だったろう。だが、非常に長い時間のように思えた。
番兵は急によそを向いて、アレスとグラントに対して手を縦に振って、街のほうを指す動作をする。
「行っていい」という意味だ。


◆〈鋼剣のリュカ〉。
ボロボロの木材と葦を使って建てた家々の間を抜けて、アレスが案内する場所にたどり着く。看板すら出ていないが、そこが「宿」だという。
中は静かで、店員にあたる者がいない。いくつかある店のテーブルのひとつに、誰かが座っている。

「アレス殿、カメル殿。〈儚{ルビ:はかな}き蓮華亭〉へようこそ……そして、フアナ・ニクロへようこそ」

女性とは思えない屈強な体格をした人物が、椅子を立って挨拶する。赤髪と黒い瞳。顔にはそばかすと傷がある。背負い袋と腰の剣。冒険者の格好をしている。

「カメル殿、初めまして。〈鋼剣のリュカ〉と申します。街では来訪者の案内役を務めている」

カメルとリュカが挨拶を交わして、3人はテーブルに着席する。


◆地下墓地へ。
あたりさわりのない話の後に、リュカは立ち上がって、2人を地下の階段へと導く。
階段を降りた先にあるのは{ルビ:カタコンベ}地下墓地である。
すべての壁にしゃれこうべが埋まっている、静かな空間だ。

「私たちの司祭はここで、1日の大半を死者に祈りを捧げて過ごします。みな、このフアナ・ニクロで最期を迎えた仲間たちだ」

リュカはそう言って、しゃれこうべの頭をなでる。

「この奥には、私たちのあるじであるフアナ・ヴァロワ女王が普段はおられる。お2人のことは伝えてありますが、今日は別の用事で出ています」

カメル教授は壁にびっしりと並ぶ頭蓋骨を眺め、それらが並んでいる廊下の奥を見た。死者そのもののように、静かな空間だ。

「この街は特異な場所ですが、旅人たちが寄っていく価値のあるものは存在しません。死の迎えを待つ生者と、死者たちが静かにたたずむ街です」

それからリュカはもと来た階段を上がっていく。
フアナ・ヴァロワ女王はもともと、神聖都市ロング・ナリクの王家の血を引く存在だった。妾腹の子であったが、認められて宮廷で暮らしていた時期もあったという。詳細は分からないが、失踪、あるいは病に倒れたことで、ロング・ナリクから姿を消した。
歴史から消えたはずの人物。それが、長い歳月を経て表舞台に現れた。この「死霊沼」の領有を宣言すると、社会的弱者と【アンデッド】たちの巣窟から成る街を生み出した。

できることなら、会って話してみたかった。それがかなわなかったカメルとアレスは、廊下の奥をしばし見つめた後に、リュカについていく。


◆孤独の塔。
リュカに導かれるまま、2人はらせん階段を登る。グルグルと続く階段は手入れがされておらず、コケが生えていて滑りやすい。やがて上から風が吹いてきて、外が近いと知る。
階段の終わりで、3人は石畳の床を踏みしめている。屋外であることは見当がついたが、霧がかかっていて周囲は見えない。
リュカは振り返る。

「アレス、この数年間、ここにたどり着いた弱き者たちが、しばしば君の名前を口にした。人々にこの街の話をしてくれたのだね──私が願ったとおりに」
「ああ。約束したとおりにしているよ」

 終末の場として用意された、最期の土地フアナ・ニクロ。だが、この街の存在が外に広まっていかないかぎり、その意味と存在は薄れていってしまうのだろう。

「私も、あなたと交わした約束を守ろう」

言葉を言い終わらぬうちに、リュカの背中がモリモリと隆起しはじめる。筋肉と、力づよい翼。全身がウロコに覆われて、その姿が龍人へと変わっていく。たくましい姿へと変わった〈鋼剣のリュカ〉はゆっくりと塔の{圏点:小さい黒丸}へり{/圏点}に歩いていき、大きく息を吸い込んだ。
彼女が吐き出す息が、轟音とともに塔の上空へと放たれる。無尽蔵のスタミナで、彼女は長い息を吐ききり、また大きく息を吸い、吐いた。何度も繰り返すうちに、フアナ・ニクロを覆う霧が薄れてくる。
塔の下に広がるのは、わずかな石づくりの建物と、朽ちかけた木製の家々を中心とした小さな地域。そして、その外側に広がる、人皮製の天幕が並ぶ一帯である。

「これが、フアナ・ニクロだ。土地は資源に乏しく、人は人の遺体を{圏点:小さい黒丸}活用{/圏点}して暮らしている」

リュカの指が遠くにある、黒い人だかりを指差す。天幕のさらに外側だ。

「あれらの人々は1人残らず【アンデッド】だ。すべて、女王フアナの魔力で動いている。だが、見てくれ」

そこにある人だかりは、誰かの前にひれ伏している。よく見れば、王冠を被った人物に対して、すがっているように見える。その人物は天幕のなかから、遺体をひとつ運び出して、女王に対して懇願している。
女王は漆黒のローブを身にまとい、足がなく宙に浮いている。その顔はがい骨そのもので、落ち窪んだ眼窩からぼんやりと光る瞳。頭部の王冠の内側には、冠状のきのこが生えている。〈リッチ〉と呼ばれる高位の【アンデッド】だ……。

「この街で死を迎える者たち。彼らのなかには私たちを恨みながら、この世を去る者もいる。そうではなく、感謝してくれる者たちもいる。『ずっとフアナ女王や皆と一緒にいたい』という思いから、死後、遺体の一部を役立ててほしいと願う者も、少なくない」

カメルはリュカを見やる。そうだろうと感じていたことを、口にされた。想像はしていたが、心臓が音を立てる。死者をもてあそんではならないという「教え」を受けて育ったカメルは、この話に息が詰まるような苦しさを感じる。

「死者の身体が物品として利用されることもある。あのように【アンデッド】となって、フアナ女王と街を守りたいと願う者もいる。よそ者のあなた方には受け入れがたいかもしれないが、あれはそうしてできた{圏点:小さい黒丸}文化{/圏点}なのだ」

フアナが遺体に手を置くと、遺体はゆっくりと立ち上がった。周囲の人々は涙を流し、フアナに{ルビ:こうべ}頭{/ルビ}を垂れていた。
それはおぞましい光景にも、神聖な奇跡の体現にも見えた。


◆立ち去る2人。
流行病。死の呪い。
諸都市で受け入れられなくなった者たちを、受け入れる最期の「安息の地」。
歩きながらカメルは、自分たちが見たものについて考えていた。
〈鋼剣のリュカ〉が言うことを、鵜呑みにするのは違うだろう。街は兵士を必要としている。そうした需要があるから、アレスやカメルに街の姿を見せたのだ。自分たちの街を大きくするための力が欲しいから。
彼らを「力なき者たちにつけ込む悪」だとみることも、できるだろう。
だが、それだけだと言い切ることもできない。
フアナ女王が【アンデッド】だと言っても、強力な魔法使いである。地下に潜って財宝を求めながら、つき従うクリーチャーを増やして力を蓄える道もあっただろう。
彼女はそうせず、ひどく非効率な方法を選んだのだ。先が長くない弱者を街に導き、看取った後に利用するという道を。
いずれにせよ、ここで見たもの、知ったことを、外の世界に過不足なく伝えるのは難しいだろう。
この街の価値観は、あまりにも他の諸都市のそれから遠い。

リュカと別れた彼らは街を出て東を目指す。
獣人たちの住む街「自治都市トーン」へと、その歩みは続いている。


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↓「アランツァ:ラドリド大陸地図」by 中山将平
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