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2026年2月16日月曜日

オレニアックス生物学〈空間を統べる者〉 FT新聞 No.4772

おはようございます、自宅の書斎から杉本です☆
今日はふと思い立ちまして、久々に「オレニアックス生物学」を書くことにしました。
対象クリーチャーは〈空間を統べる者〉です。
それでは、さっそく。


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オレニアックス生物学
〈空間を統べる者〉

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 生物学の授業は非常に重要な科目だった。
 アランツァの地での戦いは、戦争となるとまた話は別だが、人間以外の生き物と交戦することも少なくなかった。
 聖オレニアックス剣術学校のカメル・グラントは生物学の権威。
 そんな彼の授業は生き物の外見、性質、そして対処方法を教えてくれる。
 生徒たちを生き残る道へと導く、確かな灯火だ。

 今日もカメルの授業が始まる……。

 カメル・グラントは時間がかかりそうだと感じたとき、授業がはじまる前に教室に来ることがある。その際は生徒そっちのけで準備に取り組むのだが、生徒たちもそれを心得ており、この熱心なラクダ人を邪魔するような野暮はしない。
 今日のカメルは懸命に線を引いて、黒板に絵を描いている。その絵はおそらくからくり仕掛けのゴーレムの一種で、立方体を重ねて作った十字架に似たものだ。本当の十字架と異なっているのは左右上下だけでなく、前後にも棒(正確には立方体の箱)が突き出ている点だ。ゴーレムにしてはやけにリアルな瞳が、それぞれの箱の面の真ん中に与えられている。
 授業の鐘が鳴るとカメルはチョークを置き、起立した生徒たちに向けて一礼をして、話しはじめる。

「今日はゴーレムの一種を紹介しよう。これはポロメイア小国家連合にある『生きては帰れない砂漠』に生息する、珍しいゴーレムだ」

 集中して話を聞いていた生徒たちは、カメルが口にした文章に含まれる違和感を口にするべきか迷った。

「先生、すみません。ゴーレムが『生息している』とおっしゃいませんでしたか? その、つまり、それはそのゴーレムがそこに生き物のように存在している、という意味なんでしょうか?」

 手を挙げて質問したのはゴーレム剣士のヘイルだ。ゴーレムに関連する授業の際、生徒たちはいつも一瞬、ゴーレムであるヘイルの心情を考えてしまう。ゴーレムを「もの」であるかのように言うことへのためらい。この少人数制のクラスメートたちは、とても仲がいい。だからこそ、時に感じられる息苦しさのようなもの。仲間の誰かの心情をおもんばかって流れる気まずさ。そんな空気を察知したとき、ヘイルはすぐに行動する。自分から切り出すのがヘイル流なのだ。
 実はヘイルは、このカメルの発言そのものが、自分への「配慮」だと思っていた。だが、カメルの答えは違っていた。

「よく聞いていたね。このクリーチャーは〈空間を統べる者〉。神が直接その手で造ったと言われる【ゴーレム】だ。生きるために食事が必要だが、その量は多くない。肉食のゴーレムだよ」

 もの静かなたたずまいの僧侶の女性、ベルナデッタが手を挙げる。

「その神というのは、どの『神』なのでしょう?」

 このアランツァ世界には15柱の「大きな神」が存在する。剣神エスパダ、盾神エスクード……ゴーレムを造りそうなのは「からくり神テクア」あたりだろうか。
 カメルは押し黙って、長いまつ毛をバサバサと動かす。まばたきをしながら、考えているのだ。

「分からない。私は神学に詳しくない。だが、そういう意味ではなく、私がしたかったのは〈空間を統べる者〉が『ゴーレムであり、かつ生物としての機能も備わっている』という話なのだ。神話的、あるいは聖書学的な意味ではないよ。そんな記述があるわけではないと思う。たぶんね」

 ベルナデッタは頭を下げて、カメルの返答に謝意を示す。カメルは話を再開する。自分が授業前に描いた絵を短い棒で指す。

「〈空間を統べる者〉はこのような外見で、自力で移動できないように見える。だが、どのような力か、空中をゆっくりと移動する力を持っている。それは人間が歩く速さの半分ていどだが、あまり休息を取らずに移動し続け、睡眠もほとんどとらない。獲物をとるさい、あるいは迫る危険から身を守るために、ある力を行使する」

 カメルはふさふさとした毛の生えた腕を前に突き出して、開いた手を握ってグーを作った。

「圧力だ。目に見えない圧力によって、ありとあらゆる生物が立方体の箱にされてしまう。もともとの体積に応じた大きさの箱になるのだ……ギュッとした姿に」

(ギュッとした姿……?)

 生徒たちは「ギュッとした姿」がどんなものかを想像できなかった……たまにあることだ。だが、生徒たちはカメルの話をさえぎることなく聞き続ける。

「狙われた獲物はその後、少しずつ小さな箱となり、しまいには消えてなくなる。捕食行為の一種と思われるが、空間を超えて犠牲者が消えてしまう光景は異様の一言に尽きる。単に身を守ろうとして力を行使したのであれば、箱はその場にあわれな姿のまま放置される。どういう原理でこの力が働くのか、詳細はいっさい分かっていない」

 教室はシン、と静まる。こういうときにいたずらに騒ぐような生徒たちではない。

「ところで、『生きては帰れない砂漠』があるポロメイアには、〈コビット〉と呼ばれる種族がいる。享楽的で、快楽主義的で、刹那的な種族だ。善い心を持っているのだが、後先を考えずに生きるその性質から、おそるべきことをやってのけることがある。食事中の〈空間を統べる者〉から、『箱』を盗んだのだ。その箱は砂漠に生息する〈大トカゲ〉だった。食事によって3分の2ぐらいのサイズにまでなっていた箱をほぐしていくと……驚いたことに、その〈大トカゲ〉は満足に動けはしないものの、生きていたのだ。サイズが少し小さくなっただけで、弱ってすらいなかったという。〈空間を統べる者〉は獲物の肉体を{圏点:小さい黒丸}均等に{/圏点}食べることが、推察された」

 なんとも言えない感情になって、生徒たちはざわつく。そんなことが可能なのか?
 話は続く。

「〈コビット〉たちは研究のために盗んだわけじゃない。そんな〈大トカゲ〉を撲殺して、焚き火であぶって食べたのだそうだ。私は彼らと直接、話をしたのだが……彼らは口を揃えて『料理したもののような味がした』と言っていた。染み込んだ出汁や香草、胡椒の味に似た、ずっとおいしい味。それ以来、この盗みを試みる〈コビット〉が急増して、その多くが『箱』にされてしまった。レムレスくん、どう思う? 彼らも『味付け』を施されていたのだろうか?」

 大魔術師であるレムレスを、カメルが指名する。生徒たちのやる気が高いので挙手の多いクラスだが、カメルが誰かを当てることもある。

「『箱』にされた〈コビット〉は、生きていたんですか?」
「ああ、生きていたよ。【祝福】の呪文を2回かけると、元の姿に戻れるんだ」
「じゃあ、味はついていないです。体内にそんな異物が入ったら、死んでしまいますから」

 その回答に納得感があったのか、カメルは小さく何度かうなずく。

「それに、もし味がついていたら、みんな他の〈コビット〉に食べられていると思います。たぶん実際、1人ぐらい殺して味見してるでしょう。命がけでそんなことをする奴らだったら、そのぐらいするに決まってるじゃないですか」

 続けてレムレスはそう言おうとしたが、少しだけ開いた口を閉じた。発言には成績がつきまとう。何を言うかではなく、何を言わないかで賢さは決まるのだ。

「〈空間を統べる者〉に出くわしたとき、最初に考えるべきは逃げることだ。倒すのはきわめて難しい。なんと言えばいいのか、強さの次元が違う。魔法は当たらず、攻撃は不思議とそれてしまうと言われている。食事は1ヶ月に一度ほどで、繁殖力も低い。野生の熊のほうが、よほど出会いやすく危険だと言えるだろう。関わらないようにする。今日はそれを覚えて帰りなさい」

 授業の終わりを告げる鐘が鳴る。博士はピンと背すじを伸ばしたまま、教室の扉を開ける。ありがとうございました! と声が響く。
 若い生徒たちに教えることのうち、どれが役立ち、どれが無駄になるかは分からない。
 だが、いくつかはきっと、彼らの命を永らえさせてくれるだろう。そう信じて博士は今日も教鞭をとる。


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■主な登場人物

カメル・グラント……西方砂漠から移住してきたラクダ人。オレニアックス剣術学校における生物学の教授で、怪物に関する深い知識を持つ。忍耐強く慈しみ深い性格。ラクダ人は興奮するとつばの飛沫がよく飛ぶため、最前列の生徒は試練にさらされる。

君(戦士)……オレニアックス剣術学校に在籍する、「ガルアーダの塔」の主人公。まっすぐな心の持ち主だがカッとなりやすい。また、頭もあまりよくない。

剣士ヘイル……学校一の人気者。「ゴーレム剣士」と呼ばれる彼は木材と金属でできた身体の持ち主で、剣術学校では大人気。外見の格好良さだけでなく、実際中身もいい奴。

狩人アヴィオン……くさびらの森のほとりで育った狩人。朴訥としたいい男だ。無口で純朴で、善の心を持っている。「くさびらの森」に登場する主人公の弟。

盗賊ニナ……ニナ・ガーデンハート。学校に入った頃からすでに大人だった、森エルフ。皆より相当年上。色白で背の高い肉感的な風貌の女性。旺盛な性欲と好奇心を持つ。何かわけがあって学校に所属しているらしい。「盗賊剣士」に登場。

聖女ベルナデッタ……信仰心の深さで知られる、色白できゃしゃな、背の低い女性。口べたな田舎生まれで、貧乏だがお洒落が大好き。男性からの人気もある。同じぐらい無口な狩人アヴィオンとウワサがある。

錬金術師マグス……人間、男性。フランチェスコ貴族の妾腹(めかけばら)の子。厄介払いも同然にこの学校に放り込まれたはぐれ者。悪賢くて不良めいたところがある。また、仲間を大切にする。

レムレス……大賢者の末裔。レムタスの息子。レムレスはドラッツェンの貴族、つまりレムレスは貴族の血を引く高貴な身分。学校一の毛並みの良さとを誇る。鼻にかけたような嫌みさはないが、強い自尊心(プライド)の持ち主。勉学熱心。思い込むと周りが見えなくなる。エリートくささはあるものの、専門知識に対する勉強量がすごく、周りには尊敬されている。

ガリィ・ザ・ダーク……小柄ではしこく、機転の効く人間の男。皆よりも1歳年下だが、飛び級で同じクラスに入学。クラスのムードメーカー。おしゃべりでそそっかしいが、抜け目のない面も。人を欺くのが得意なトリックスターで、後に怪盗となる。船乗りの息子。



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