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ローグライクハーフ『写身の殺人者』リプレイ vol.10
(東洋 夏)
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FT新聞をお読みの皆様、こんにちは!
東洋 夏(とうよう なつ)と申します。
本日はサン・サレンが舞台のd33シナリオ『写身の殺人者』のリプレイ小説をお届けいたします。
製本版『雪剣の頂 勇者の轍』に収録された、サン・サレン四部作のひとつです。
ファンメイドのリプレイとなりますが、お楽しみいただけましたら幸いです。
この連載は隔週でお送りしており、本日は第十回にあたります。
実はこれが最終回となります。しかし今日が初めての方にも楽しんでもらえればと思い、少しだけ主人公たちと前回までのあらすじをご紹介させていただきますね。
主人公を務めますのは、聖騎士見習いの少年シグナスと、元人間だと主張する不思議な〈おどる剣〉クロ。主人公ふたりをプレイヤーひとりが担当するスタイルでお送りします。
シグナスとクロは居合わせたサン・サレンの街で「悪夢殺人」とでも言うべき事件に遭遇します。これは自分の姿をした何者かに殺される夢を見て、その後、現実でも殺されてしまう。そんな気味の悪い事件なのですが、ついにシグナスもその悪夢を見てしまいました。
犯人を捕まえるべく捜査に乗り出したふたり。前回のリプレイでは、真犯人である宮廷医アグピレオとの対決が始まりました。
信じられたアグピレオ先生に裏切られたシグナスは動揺が隠せず、フォローに回りたい〈おどる剣〉クロも満身創痍。最悪の対決の天秤は、明らかにアグピレオの側に傾いてしまっています。
これを逆転する術はあるのか……。というところで、今回のリプレイは開幕します。
なお、ここから先はシナリオのネタバレを前提に記述します。プレイするまで内緒にしておいてくれという方は一旦この新聞を閉じ、代わりにシナリオを開いてサン・サレンにお出かけいただきますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
それでは最終決着を、どうぞご覧あれ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[真・最終イベント/写身の殺人者アグピレオ]
(※承前。真犯人、真なる〈写身の殺人者〉として立ちはだかるのは、シグナスくんが信用しきっていた宮廷医アグピレオ先生でした。先生のレベルは5、生命点は残り3、攻撃数2。対する主人公サイドはシグナスの生命点残り4、クロに到っては生命点1。危険水域に入って来ています。そこで奥の手、〈おどる剣〉の技能【装備化】を選択します。これはシグナスに「装備された状態」になるというもの。装備された〈おどる剣〉は攻撃の対象になりませんが、自分で攻撃をする事は可能になります。平たく言うと、攻撃はシグナス、クロともに可能だが、防御はすべてシグナスが引き受ける状態になるということですね。クロの攻撃能力を活かしつつ、まだ生命点のあるシグナスで粘ろうという作戦です。とはいえシグナスの生命点も残り4。残された希望は非常に際どいものでしょう)
高らかに笑うアグピレオを前に、シグナスは呑まれている。動けない。
ひび割れた剣身を引きずるようにして、慎重にクロは相棒の元に寄って行った。アグピレオはシグナスに夢中で、壊れかけの〈おどる剣〉には注意を払っていないらしい。宮廷医の体を回り込んでシグナスの手の中に柄を滑り込ませても、気づかれた様子は無かった。
「はははははは! たまらない! 今回は眼球を摘出することにしましょう! 保存液に漬けて……」
シグナスの目に指を添えて、アグレピオがメスを振りかぶる。
クロは、急いで相棒の筋肉に干渉した。少年の瑞々しい筋肉に毒が与えている影響を読み取りつつも、クロはそれに収縮し、伸張するように命じる。
(※正念場の4ラウンド。クロは【装備化】を選ぶため、シグナスが攻撃不可になります。ここで良いところを見せてくださいクロ先輩! 祈るように振った出目は6! クリティカルからの再ロールも出目4で成功。2ダメージが入り、アグピレオの生命点は残り1! 先輩頼りになる! ところが防御を2発とも失敗してしまい、シグナスの生命点も残り2に。技量点0に毒が重なっているシグナスくん、レベル5相手に防御もままなりません。これは先に当てた方が勝つ闘い。本気の命の取り合いです)
「ぐっ、ぷ……!?」
覆い被さるようにシグナスに迫るアグピレオが、突然目を見開いて血を吐いた。その腹に剣が半ばまで埋もれている。
「なぜ、君はおっ……おど、る、剣を、持っ……手は動か、ない、はず……」
「舐めるんじゃない」
クロはアグピレオの血潮を浴びながら言った。
「こちらはゴーレムだからな、貴様の計算通りには動かないんだよ。もうやめておけ」
この傷なら長くないだろう。命は惜しいだろうから逃げるなり、降参するなり、とにかく退くはずだ。
「そう……です、か」
しかし宮廷医のメスはあくまで冷静に二度振り下ろされ、無抵抗なシグナスの鎧の隙間を正確に突き通した。
「無駄な抵抗はやめろ! それでも医者か!」
「くふっ、はは、はは、はははははは」
アグピレオは笑う。命を使い果たさんと高らかに打つ脈動と燃えるような体温が、直にクロの剣身に流れ込んできて感覚を圧倒した。
「私はまっとうな医者ですとも。これは医学の発展に貢献するための実験なのだと言っているでしょうが! さあシグナスくん、貴重な検体になってください」
血にまみれ、ぬらぬらと光るメスがシグナスに迫る。クロは更に深く体に刺さっていくはずだが、それでもアグピレオは止まらない。
「これは騎士になって剣を振り回すよりね、ずっとずーーーっと世のためになることなんですよ。いい子ですね」
「シグナス!」
クロは必死に叫んだ。シグナスの筋肉に干渉しようとするが、アグピレオから流れ込んでくる感覚の方が強くて難しい。シグナスが動かなくては、どうしようもできない。
(※運命の5ラウンド。まずはシグナスの攻撃ロールが、何と……6! クリティカル、何をしても成功になる出目。ここで引き当てましたシグナスくん! この戦いで初めての成功が、勝利を確定する決定打となりました)
「シグナス!」
「シグナスくん」
その時シグナスが何を考えていたのかと言えば、何も考えられていなかった。頭の方にまで薬が回ってきていて、ただぼんやりと嬉しく思っている。自分が何かの役に立てるなどと、心から信じたことがなかったのだ。あぐぴれおせんせいやかんじゃさんのためになるならいいことなんだろう……。
「シグナス! サー・ノックスを泣かす気か!」
不意に飛び出した名前と、そのイメージに不似合いな言葉に、シグナスは現実に引き戻された。
「サー・ノックスは泣いたりしないよ、クロ」
そこから一拍遅れて、ようやく我が身の危機的状況に思考が追いつく。アグピレオが眼球の手前にメスの刃先を置いて、訝しげに覗き込んでいる。
(とんでもない。このまま死ぬ気だったのか、僕は!?)
口の端から血の泡を噴きながら、アグピレオは言った。
「シグナスくん、瞳がおかしいですね。薬が切れてしまいましたか? それはいけない」
そうしてローブのポケットを探ろうとする宮廷医の僅かな隙をついて、シグナスは渾身の力で手のひらに握りこんでいたクロの柄を捻って刃の位置を変え、更に切り上げた。ばりばりという骨と刃の噛み合う感覚、皮膚を切り裂く感覚、内臓の潰れる感覚が連続して、鳥肌が立つ。
アグピレオが絶叫して床に倒れ込んだ。
シグナスはクロを引き抜いて、転がるように宮廷医から距離を取る。
「先生……」
「ああ! シグナ、ス、くん、みな、見なさいっ」
着々と広がっていく血溜まりを、床に這いつくばったまま宮廷医は指さした。瀕死とは思えない興奮した声で喋り始める。
「見える! 私の顔だ! こうすれば見えたのか……はははっ! 殺すこと、無かったんだな。大変、興味深い、結果、書き留め、な………………」
シグナスが最後に記憶したアグピレオの顔は、何処までも深い闇を見ながら笑う人の顔をしていた。その笑顔をシグナスは知っている。孤児院に来る大人たちが幾人も浮かべていたのと同じ笑いだ。
だからシグナスは、決してアグピレオのことを狂っていたなどと言いたくはなかった。それは苦しんだ末に闇の方を向いてしまった人の、抵抗の形なのだと思う。もし孤児院が酷いところだったら、あるいはクロやサー・ノックスがいてくれてなかったら、自分も同じような笑いに捕まっていたかもしれない。あるいは、これからも。
「クロ……。僕、また何か頭がぼーっとしてきた」
「しっかりしろシグナス! くそ、ポーションか治癒のスクロールくらい持ってないのか、この薮医者は」
その時、扉が爆発したような音を立てて吹き飛んだ。クロがぎょっとして宙に浮き上がるのと、常日頃よりさらに鬼気迫る形相でサー・ノックスが部屋に踏み込んでくるのはほとんど同時。クロの見立てが正しければ、この聖騎士は驚くことに扉を蹴り破ったらしい。
「シグナス」
「サー・ノックス、僕は、アグピレオ先生を……」
「よくやった」
泣き笑いの顔のまま失神した従騎士を主人が抱きとめる。その両者の顔を、クロは一生忘れないだろうと思った。サー・ノックスは微笑んでいたのである。
■
[エピローグ/少年と剣と主人と、去らざる何かの話]
シグナスが失血による気絶から回復するのに、三日三晩かかった。太ももは刺された位置によっては死に至ると脅かされていたので、命があっただけ幸運だと思うべきなのだろう。
その間にもう事件には臭いものに蓋とばかり速やかな幕引きが行われてしまったのだと、寝台の上に浮かんだクロは語った。こちらはひび割れだらけの剣身に継ぎがあたっている。自己修復もできるのだが、今回ばかりは損傷が大きかった。
「やっぱりアグピレオ先生が犯人だったんだよね」
「そのようだ。あのハーブティーを飲まなくなった途端、御領主様は悪夢を見なくなったそうな」
「そっか……」
「お前は英雄として持ち上げられているぞ、シグナス。式典の主賓になるんだと」
「えっ、何その式典って! 褒められて終わりじゃなくて!?」
クロは呆れたように180度回って上下逆さまになり、
「サン・サレンを揺るがす一大事だったんだ。犯人はコイツでした、はい終わりでは住民も落ち着かんだろ。そこで「解決」の象徴として登場するのが若き英雄、果敢なる聖騎士、その名はシグナス様という訳だな」
「げげげ。そういうのはさぁ、どっちかって言うとサー・ノックスの出番じゃないの」
「僕は出ない」
「ギャーーーッ!」
シグナスは叫んでから、途轍もなく失礼なことをしてしまったと青くなった。その気配があまりにも静かだったため察知できなかったのだが、何と主人は同じ部屋にいたのである。
人生最速で掛け布団を跳ね除けて寝台の上に起き上がると、シグナスはしおしおと項垂れた。
「サー・ノックス、如何様にも罰してください。傲慢の罪です」
「……シグナス」
「はい」
「熱は」
「えっ」
「熱はあるのか」
「あの、少し、あると思います」
恐る恐るシグナスが顔を上げると、主人は水差しを取って、美しいマーブル模様の石のグラスに中身を注ぎ入れるところだった。その所作の無駄のなさが恐ろしくなる。サー・ノックス、〈王女の猟犬〉あるいは〈ナリクの悪魔〉。何故この気難しさの権化のような人が自分などを選んだのか、シグナスにはまだ分からない。
「飲め」
差し出されたグラスは程よく冷えており、熱のこもった手のひらに心地よい。
「檸檬水だ」
「あ、ありがとう、ございます」
視線の圧を感じる。全部飲みきるまで質問は許されないということかもしれない。シグナスがおっかなびっくり飲んでいる間に、主人は片手で小さな椅子を寝台の横まで引いてきて、腰掛けた。クロはいつの間にか鞘の中に潜り込んで、見ざる言わざる聞かざるを決め込んでいる。
とはいえ檸檬水は渇いた喉に美味しく、あっという間に空になった。サー・ノックスはグラスをひょいと取り上げると、二杯目を注いで持って来てくれる。
「シグナス」
「はい」
「誤解のないよう言っておくが、僕は怒っていない」
「ぶふっ!」
「……」
「ししし、失礼しましたっ」
「……まあいい。お前は良くやったと思う。僕が不在の中で最善を尽くした。それは認めている」
「ありがとうございます!」
「罪の意識は有るか」
シグナスの脳裏に、鮮やかな赤が満ちた。血溜まり。自分が手にかけた、アグピレオ先生の──。
「あり、ます。でもそれは強い騎士が思ってはいけないことですよね、サー・ノックス」
「いや」
いつの間にか床を眺めていた目を上げると、主人の黒曜石のような瞳がシグナスを真っ直ぐに見つめていた。
「違うんですか?」
「もし悩まなくなったのなら言え。僕が首を落とす」
「ぴゃ」
ふん、と鼻を鳴らして主人は立ち上がる。どうやら慰めてくれたというか、勇気づけてくれたというか、少なくともシグナスのことを考えていてくれた事は間違いない。
「元気があるようで何よりだ。この機に包帯の巻き方を教える」
椅子を下げ、代わりに大きな姿見をドスンと寝台の横に立て、サー・ノックスは部屋を出ていった。
「……相変わらず難しい男だな」
「クロ! ねえ知らんぷりしないでよ! 怖かったんだから!」
「うーん、元気があるようで何よりだ」
「全然似てないし……うわっ!」
「どうした、シグナス」
「今──」
シグナスは思わず目を見開く。姿見の鏡面に写った自分の顔が、笑ったように見えたのだ。あの日、水溜まりから笑いかけてきたように。アグピレオ先生のように。今はもう普通だ。青ざめた自分が写るだけ。
見間違いだったかもしれない。見間違いであって欲しい。
その時、サー・ノックスが真新しい包帯を持って部屋に入ってきた。
「シグナス?」
「いえ、何でもないです」
きっとまだハーブティーの影響が残っているのだろう。シグナスはそう信じて、この奇妙な現象のことを誰にも言わないことにした。
──さてこれはシグナスもクロも主人ノックスも後に知ったことであるが、聖騎士たちがナリクへ帰還したころから、サン・サレンの街では新たな噂が囁かれるようになった。曰く、雨上がりの夜の町をうろついていると、自分とそっくりな者とすれ違うことがある。そしてそれを3回見ると、そいつが殺しに来る……。
──いやいや自分そっくりの奴じゃない場合もあるんだ、と〈黒槌亭〉では常連客達が囁きかわす。雨が降ってない時にはね、宮廷医のアグピレオにそっくりな奴が水溜まりを指して言うんだ、顔が見えますかって。だけどそいつの顔は水溜まりには映っちゃいないんだよ。それで正直に見えないって言うと殺されちまうんだと……。
これらはあくまで怪談の類、作り話だと誰もが知っている。けれど雨が降るたび、サン・サレンに雪解けが訪れる度に語られ続け、今でもまだ人々は水溜まりを避けるのだという。
[完]
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて読者の皆様、お付き合いいただきありがとうございました!
これにて『写身の殺人者』拙リプレイは完結となります。
少年従騎士シグナスと〈おどる剣〉クロの初めての冒険、お楽しみいただけましたでしょうか。
最後は心身ともに満身創痍という言葉がここまで似合うのかという死闘でしたが、何とか勝利をもぎ取ることが出来ました。これもふたりの持つ底力、運命を引き寄せる力、いわゆる主人公力の賜物なのでしょう。
連載を通じてほんの少しでもローグライクハーフの面白さが伝わっておりましたら、シグナスくんとクロをアランツァ世界に送り出したプレイヤーとして、そしてリプレイの作者として大変嬉しく思います。
ローグライクハーフをプレイしたいと思われた方は、BOOTHや公式wikiで基本ルールや一部のシナリオが無料公開されておりますので、是非チャレンジしてみてくださいませ!
さて、生き延びたシグナス&クロには、これからまだ新しい冒険が待ち受けているはず。FT新聞様で皆様と再会する機会があるかもしれませんので、その際にはどうぞ、またふたりを応援していただけますと幸いです。
それでは、名残惜しいですがお別れの刻となりました。
皆様に善神セルウェーの祝福がありますよう、ロング・ナリクよりお祈り申し上げます。
良きローグライクハーフを!
◇
(登場人物)
・シグナス…ロング・ナリクの聖騎士見習い。12歳。殺人者の悪夢を見ておねしょした。
・クロ…シグナスの相棒の〈おどる剣〉。元は人間かつ騎士だと主張している。
・ノックス…シグナスの主人。超が付くほど厳格な聖騎士。
・ベルールガ…ノックスの同僚の聖騎士。優しい。
・サン・サレンの領主…殺人者の悪夢に苛まれている。
・アグピレオ…領主付きの医師。その真の姿は〈写身の殺人者〉。
■作品情報
作品名:『写身の殺人者』
著者:ロア・スペイダー
イラスト:海底キメラ
監修:杉本=ヨハネ、紫隠ねこ
発行所・発行元:FT書房
購入はこちら
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『雪剣の頂 勇者の轍』ローグライクハーフd33シナリオ集に収録
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