(編註:この記事は、過去の人気記事を再配信するReシリーズです。文中のコメント等は全て当時のものとなっております) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ オレニアックス生物学 Vol.7 『もっさもさ』 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ 生物学の授業は非常に重要な科目だった。 アランツァの地での戦いは、戦争となるとまた話は別だが、人間以外の生き物と交戦することも少なくなかった。 聖オレニアックス剣術学校のカメル・グラントは生物学の権威。 そんな彼の授業は生き物の外見、性質、そして対処方法を教えてくれる。 生徒たちを生き残る道へと導く、確かな灯火だ。 今日もカメルの授業が始まる……。 「もっさもさと言ったのじゃ」 爆笑をこらえる生徒たちとは対照的に、カメル博士の表情は至って真剣だ。 「もっさもさ。それが、この生き物の正式名称じゃ。世界に1匹しかおらず、広大な桜森のどこかにいることは分かっているが、その習性は分からんことの方が多い」 いたずらっぽい顔をしたガリィが、手をあげる。 「そいつを捕まえたら、高くで売れるんじゃないですか? だって、世界で1匹しかいないんですよね?」 「ふむ。ガリィくんは珍しい生き物を捕まえたら、売るのかね?」 急に真面目くさった顔になり、ガリィはしばし黙る。 「いや……売らないと思います。逆に、ずっと一緒にいてみたいかな。どんなヤツかによります。いくら世界に1匹だからって、いびきがとんでもなくうるさいヤツだったらイヤだもの!」 ガリィの言葉には生き物に対する暖かい気持ちが込められていて、クラスメートたちはなんだかホッとしたような気持ちになる。特にエルフのニナは、このクラスのガリィとアヴィオンから放たれるこのような感情に、いつも安心感を覚えていた。 「そうだな。珍しいからといって、ステキな生き物とは限らないからな。だが、喜んでいいぞガリィくん。もっさもさは昔から根強いファンの多い、魅力ある生き物だ」 カメルは口のはしでにんまりと笑う。てろんと垂れた下くちびるは、まるっきりラクダそのものだ。 「その大きさは全長1km、体重は不明。年齢は推定800歳。長い4本の脚を持ち、1日に20時間睡眠する。全身はほぼ鉱物でできていて、顔には口めいた亀裂が走っている。食事はしない。冬場を除いて全身に緑の草花が生えていて、鳥や昆虫などが住みついている」 カメルの言葉の後半は、ざわざわとざわめく生徒たちの喧噪によって半分も届かなかった。レムレスが代表して手を挙げる。 「待ってください、先生。今、全長1kmと言ったのですか?」 アランツァに巨大生物は多々あれど、1kmの生物など見たことも聞いたこともない。 「いかにも。もっさもさはおそらく、世界で1番大きな生き物じゃろう。千年樹を除けばな。移動はゆっくりだが、1歩で200m近くを歩く。人間など意に介さずに歩くから、もっさもさに踏み潰された者もいる」 レムレスを見つめたまま話したので、彼はそのまま次の質問をする。 「それって……いったいどうやって倒すんですか?」 グラントは首をかしげて答える。 「もっさもさを倒す方法も、必要もない。そのような質問こそ、人間のおごりだよ」 レムレスは黙る。レムレスにも支配者層の血が流れている。無意識にそれがあらわになったことを、恥じた。 カメルはもちろん、わざとレムレスのそういうところを指摘した。貴族なればこそ、危ういのだ。自身を正しく見る目を養わせることこそ、教師たるもののつとめである。 錬金術師のマグスが左手を挙げる。 「先生、それは本当に生物なのですか? ゴーレムのたぐいでは? 全身がほぼ鉱物の生物なんておかしいです。亀のような生き物だって、甲羅の部分以外は肉でできているんですから……。」 カメルがふふんと笑う。 「さすがに優秀だな、マグスくん。もっさもさはゴーレムか、植物の一種だと言われている。もっさもさの研究の第一人者であるイスト博士の論文によると、もっさもさは古代のゴーレムで、意思あるゴーレムがすべてそうであるように、何らかの生き物の魂を継承していると考えられている」 クラスの空気が固まる。意思あるゴーレムはすべて、もともと何かの生き物だった? ゴーレム剣士のヘイルのほうに、視線が降り注ぐ。 「ん? 俺はもともと人間だよ?」 クラスに衝撃が走る。あまりに子どもの頃から一緒だったので、ゴーレム剣士のヘイルは最初からゴーレムだと誰もが信じていた。いや、信じていたというには語弊がある。そのことについて、疑ったことがなかったのだ。 「うそ! えっ? お前、俺らと同い年じゃないの!?」 「俺はもっと歳上だよ。生まれはドラッツェンで、ウォードレイク戦役にも参戦した」 「お前! こないだのウォードレイクの授業のとき、そんなこと言わなかったじゃん!」 「静かに!」 カメル博士がピシャリと叱りつける。 「ヘイルくんの身の上話は、休み時間にするように」 それでもざわつく教室の机と机の間を、カメル博士は厳しい顔で歩きはじめる。カメルはかなりご立腹だ。 「もっさもさはゴーレムと目されているが、誰がいつその身体を作ったのかは明らかになっていない。イスト博士によれば、森の中で生活し、非常に長い時間眠るもっさもさは、人間以外のある動物の魂を継承しているのではないか、と推察されている。なんだか分かるかね?」 博士はニナを指名する。 「……猫、ですか」 いかめしくなっていた博士の顔が少しやわらぐ。 「そのとおりだ。もっさもさは気まぐれでマイペースな生き物だ。そして、不思議なことに、自分よりもはるかに小さい人間になつくことがある。それらすべてが、かの生き物がかつて猫であったことを示していると、イストは主張する」 カメルは咳払いをして、今日の授業のもっとも重要な箇所を話しはじめる。 「もっさもさの体内には、地下迷宮がある。そこで生活する人々も、実際にいるのだ。彼らはもっさもさ族と呼ばれ、時おりナゴールの都市の人々と交易をするらしい。迷宮の最深部には古代の宝が眠っているというウワサもある。君たちと決して無関係ではないのだぞ。迷宮探索の任を受けるかもしれないし、もっさもさ族と関わる機会があってもおかしくはないのだからな」 終業の鐘が鳴る。カメルはしかめ面だ。今日の授業は非常に興味深いものとなるはずだった。だが、残念ながら、1人の生徒の生い立ちを計算に入れていなかったがために、すっかり生徒が浮き足だってしまった。 だが……。違う考え方をするなら、今日は間違いなく成功ではある。彼らはもっさもさの名前を覚えたはずだ。友人の生い立ちとともに、忘れられない授業になったに違いない。思惑とは違っても、目的は果たしたのだ。 博士はピンと背すじを伸ばしたまま、教室の扉を開ける。ありがとうございました! と声が響く。 若い生徒たちに教えることのうち、どれが役立ち、どれが無駄になるかは分からない。 だが、いくつかはきっと、彼らの命を永らえさせてくれるだろう。 そう信じて博士は今日も教鞭をとる。 (From:杉本=ヨハネ) ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください) ---------------------------------------------------------------- メルマガ解除はこちら https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2026ft0409news@blogger.com ※飛び先でワンクリックで解除されます。