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2026年6月18日木曜日

齊藤飛鳥・小説リプレイvol.45『銀鼠の微睡』リプレイ FT新聞 No.4894

●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● 児童文学・ミステリ作家、齊藤飛鳥さんによる TRPG小説リプレイ Vol.45 ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● 御無沙汰しておりました、齊藤(羽生)飛鳥です。 先日、FT新聞様を拝読した折り、絶妙なタイミングでゲームブック『銀鼠の微睡』が掲載されていました。 大正時代を舞台にしているとのあらすじに、日本史好きかつ探偵小説好きの血が騒ぎ、さっそくプレイしました^^♪ 本当の主人公は書生風の青年なのですが、「主人公は自分と同性にする」という鋼鉄のマイルールにより、主人公は女学生になりました。 ところで、せっかく舞台が大正時代なので、雰囲気を出そうと、主人公は江戸川乱歩好きになりました。当時の自称良識ある紳士淑女からは「変態小説」と見做されていた探偵小説が好きな主人公は、クトゥルー世界に迷いこまずとも、すでに茨の道を歩んでいたことになります。 さらに大正の雰囲気を出そうと、似非旧字体な話し方を主人公にさせてみました。あくまで「似非」なので、表記や文法にミスがあると思いますので、その辺りは生暖かい目でお見守り下さいませm(_ _;)m 最後になりますが、今月6月22日に拙作『御成敗式目の殺人』(中央公論新社)が刊行されます!! 今回は、北条泰時と北条時房を探偵役に据え、彼らが御成敗式目作りと謎解きにいそしむ本格ミステリであり、なおかつ、私の作品タイトルで初めて「殺人」がつく作品です^^ ※以下、冒険の核心部分に触れる内容を含みますので、未読の方はご注意下さい。 ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ゲームブック 『銀鼠の微睡』リプレイ 齊藤(羽生)飛鳥 ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■序章 大正十五年、秋。 帝都・東京は、奇妙な色の霧に包まれてゐます。浅草の活動写真の帝國館も、寛永寺に保管されている頭のもげた上野大佛様も、何もかもあの霧の海の底に沈んでしまってゐるのでせう。 斯様な感慨に耽ったのち、わたし──下げ髪を白いリボンでまとめて紫の矢絣の小袖と海老茶袴の女学生・霧生千秋(きりう・ちあき)──は、有り得ないものを目の当たりにしてしまいました。 三年前の関東大震災で倒壊した浅草十二階……凌雲閣が、まるでもぎ取られた指先のやうに霧の海から突き出してゐるのです。 嗚呼、どうしたことでせう。 友人から今年の一月に出版された江戸川亂歩の『屋根裏の散歩者』を借りて、彼女の家を出ただけなのに、この奇妙かつ不可解な光景。胸騒ぎを覚ゑずにはゐられません。 早く家に帰ろうと、わたしは速足で歩き出しましたが、しばらくもしないうちに自分が何処を歩いているのか分からなくなってしまいました。 『屋根裏の散歩者』を胸に抱きながら、恐る恐る歩き続けると、カツン、カツンと自分の編み上げブーツの音だけが、不自然なほど明瞭に響きます。 ふと見れば、路地の角に一軒の古書店が佇んでゐます。看板には『星辰堂』と掠れた文字で書かれてゐました。店主と思わしき、顔に深い皺を刻んだ老翁が、店先で一冊の黒い装丁の書物を広げてゐます。表紙には忌まわしい星のやうな紋章が焼き付けられてゐました。 老翁は顔を上げず、掠れた声で呟いてゐます。 「……お若いのは、夢を探しておられるのかな。それとも、目覚めを……」  これは、亂歩がサインに書き添える「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」を踏まへてゐるのでせうか。 「あなたも亂歩がお好きなのですか。そちらも亂歩の本なのですか? 」 わたしが歩み寄り、その書物について問ふと、老人はニタリと不気味な笑みを浮かべました。 「これは、海の底に沈んだ都市の詩集さ。あるいは、星々が正しき位置に並んだ時にのみ読める地図、とも言える」 差し出された頁には、文字とも図形ともつかぬ、のたうつ触手のやうな紋様が蠢いてゐます。それを見た刹那、わたしの脳裏に、水死体のやうな青白い肌を持つ巨大な異形が、深海で微睡む光景が走馬灯のやうに駆け巡りました。 強烈な眩暈が、わたしに襲ひかかります。 わたしは心を削られるやうな思ひをしながらも、その書物に強い好奇心を抱いてしまいました。 「その詩集の作者はどなたなのですか?」 わたしが書物に手を伸ばすと、老人の姿は霧のやうに掻き消えてしまいました。 手元に残されたのは、冷たく湿った革表紙の感触だけです。表紙には、銀色の糸で『ルルイエ異本』と刺繍されてゐます。 耳鳴りのやうな、あるいは無数の羽虫が這い回るやうな低い声が聞こゑてきます。 「……開け……門を……」 わたしがその頁をめくると、周囲の景色が激変したではありませんか。関東大震災よりも激しく浅草の街並みは崩れ去り、垂直にそびえ立つ巨大な石柱と、非ユークリッド幾何学に基づいた歪な建築物が並ぶ、太古の都市へと変貌を遂げていきます。 空には、本来あるはずのない「二つの月」が浮かんでゐます。 わたしは理解しました。ここは帝都であって帝都ではない場所なのだ、と……。 わたしは、背筋に冷たいものを感じます。 背後で老翁の低い笑ひ声が聞こゑた気がしましたが、振り返る勇気はありませんでした。 霧はますます濃くなり、ついには数歩先も見ゑなくなりました。ふと、足元に違和感を覚ゑました。石畳だったはずの地面が、じっとりと湿り、まるで巨大な生物の舌の上を歩いてゐるやうな、厭な弾力を帯び始めてゐます。 どこからか、笛のやうな、しかし生き物の鳴き声のやうな、不協和音が聞こゑてきます。 「テケリ・リ、テケリ・リ……」 意識が覚醒した刹那、わたしの肺腑を突いたのは、沈殿した時間と微かな腐敗臭が混ざり合う、かの忌まわしき洋館の空気でありました。大正建築の粋を極めたはずのその広間は、しかし柱の角度がどこか狂っており、視神経を苛む非ユークリッド的な歪みを帯びてゐます。壁に掛けられた古時計は、心臓の鼓動を嘲笑うかのやうに逆行し、硝子窓の向こうには、この地上のものではない、悍ましき紫色の星辰が脈動してゐました。 わたしは、血のやうな赤の絨毯が暗い奥底へと続く、廊下を凝視しました。すると、かそけき光が見ゑます。 「無断でお邪魔して恐れ入ります。わたしは、高等女学校の学生・霧生千秋といふ者です。どなたかいらっしゃいますか?」 わたしは何度もこの館の住人へ呼びかけながら、光を頼りに廊下を進みました。 廊下の分厚い絨毯は、わたしの編み上げブーツの足音さえ吸収してしまいます。 この世界に、わたしという人間は実在してゐるのでせうか?  そんな不安とも愚問ともつかない思ひがよぎりましたが、わたしは気を取り直し、お守りのやうに『屋根裏の散歩者』を抱きしめて廊下の彼方のかそけき光へ進み続けました。 ようやく光に到達すると、広大な食堂でした。 そこには、蝋燭の火が青白く揺らめいてゐます。食卓を囲む黒天鵞絨の燕尾服に身を包む紳士たちが見ゑました。ようやく出会えた館の住人たちです。わたしは安堵しました。 喜び勇んで食堂に入り、彼らへ声をかけやうとした刹那、彼らの襟元から覗く首筋が鱗に覆われていることに気がつきました。 「あなた方は、いったいどのやうな方々ですか?」 失礼かもしれませんが、わたしはさう問はずにはいられませんでした。 「我らは名もなき『モノ』たちです」 彼らの一人が答えてくれました。しかし、それきり貝のやうに黙りこんでしまいました。 彼らの前の皿には、煮えたぎる胆汁のやうな液体の中で、死んだ魚の眼球に似た何かが、不気味に明滅しながら蠢いてゐます。マグロの目玉でせうか。だとしたら、異国風な味付けを施されているのでせう。このやうな料理は、生まれて初めて見ます。 その時、これまで影のやうにテーブルのそばにゐた、感情を失ったやうな面構への給仕が、わたしをテーブルに導きます。 さうして、胃の腑を焼くやうな、冒涜的な芳香を放つ料理を口にするよう促してきました。 「サアサ、お嬢さん。召し上がれ」 名もなき『モノ』たちが、これまでの沈黙を破り、声をそろへて料理を勧めてきます。 招かれざる客であらうわたしへ、親切にも食事を勧められては、断るわけにはいきません。 「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えてさせていただきます」 わたしは、ナイフとフォークを手に取り、食事を始めました。 「いかがです。美味なものでしょう」 名もなき『モノ』たちが、わたしに問ひかけてきます。 「ええ。肉片を噛み締めた瞬間、わたしの脳髄は宇宙の深淵に投げ出されました。時空の壁が崩壊し、数億年前の地球を支配していた多頭の怪物の記憶が流れ込んでくるやうな味はひです」 まさか、せっかく振る舞っていただいた料理を不味いとは言へず、わたしは言葉を選んで取り繕ひました。 けれども、体は正直です。 あまりの不味さのためでせうか。喉元からは人間のものではない咆哮が漏れ、指先は急速に水掻きを伴う鉤爪へと変貌していきました。 沸き上がる破壊衝動に身を任せ、わたしは獣として覚醒しました。 もはや、わたしの骨格は人間の形状を保ってゐませんでした。背中を突き破って生えたのは、膜状の巨大な翼。視界は三基の色層を捉へ、思考は人類の言語を捨て去り、外なる神々の意志を直接受容し始めました。 いくら料理が不味かったとは言へ、我を忘れたにもほどがあります。 このままでは、せっかく友人から借りた『屋根裏の散歩者』を読めなくなってしまいます。 いいえ、これからも紡がれていくであらう江戸川亂歩の作品を読めなくなるなど、耐えられません。 わたしは最後の精神力を振り絞り、かつて「人間」であった自分の、消えゆく残影を追い求めました。 追い求めるうちに、わたしは雨に濡れた浅草の路地に立ってゐました。けど、そこにあるのは馴染み深い帝都ではありません。鏡合わせのやうに左右が反転し、人々の顔は溶け落ち、ガス燈からは黒い煙が立ち昇ってゐます。まるで、地獄絵図のパノラマのやうです。 これはわたしの脳が作り出した、最後の「現実の残骸」なのです。 誰に教わるともなく、わたしは直感でわかりました。 では、今のわたしは誰でせう?  わたしは鏡の街の深奥へ、自己の正体を確かめに向かひました。 深海に揺らめく海藻のやうな街路樹。 異形の獣となったわたしさえ霞むやうな、冒涜的な容姿の通行人たちの間をすり抜け、二つの月に見下ろされながら、わたしはただひたすら街の深奥と思われる場所を目指して突き進みました。 コツッ、コツッと、編み上げブーツの音ばかりがわたしの耳に響きます。 やがて足音は、コォン、コォンに変わっていきました。 ふと足下を見れば、石畳の歩道は分厚いガラス道へと変わってゐるではありませんか。 ガラスの下には、橄欖石の色をした油めいた海中を、青銀色の背鰭を煌かせた赤い目をした魚の群れや、どす黒い血の色をした蛸が泳いでゐます。 悪夢のやうな光景を目の当たりにしたわたしは、我武者羅に走り続けました。 気がつくと、わたしは神田の古本屋の前で、『屋根裏の散歩者』だけでなく、手にしていたはずのない一冊の古書を抱えて立ってゐました。帝都のガス燈の光は相変わらず優しく、すべては幻覚だったかのやうに思へます。けれども、店頭にかけられた鏡を覗き込めば、そこにはわたしの皮を被った「何か」が、爛爛とした眼光でこちらを嘲笑ってゐました。 「恐怖を秘し、沈黙の中で余生を過ごす?」 わたしの皮をかぶった「何か」はさう問ひかけてきました。 「ええ。余生は絶対に欲しいです。わたしはここで死ぬわけにはいかないのです。だって、まだ、『屋根裏の散歩者』も、江戸川亂歩の本のすべてを読んでいないのですから」 わたしの願いを嘲笑うかのごとく、わたしの皮をかぶった「何か」は深いな嘲笑を続けました。 「何が可笑しいのですか? 単純な恐怖しか生み出せないあなた方より、複雑怪奇で極彩色、剰へ心を豊かにする恐怖を与へてくれる江戸川亂歩の物語の方がよほど偉大です」 わたしが正気を保とうと足掻き、叫び、わめくうちに、銀鼠の霧は深く、重く、わたしの肺腑を満たしていきます。 どの道を選ぼうとも、この帝都に蔓延る「這い寄る混沌」からは逃れられないのです。 しかし、『屋根裏の散歩者』を読む前に、死にたくありません。わたしは、渾身の力で古書を放り捨てました。 古書は虹色の放物線を描いて二つの月へと飛んでいき、それと同時に紫の星辰に水面のやうな波紋が広がっていきました。これに伴ひ、周りの景色が大きく揺らぎ出していきます。 わたしは、必死に『屋根裏の散歩者』を抱きしめました……。 『衛府帝新聞』大正十五年十月一日(金)の記事より抜粋 ●海老茶式部、一夜にして白髪に 『屋根裏の散歩者』が謎を解く鍵か 「九月三十日未明。浅草の路地裏で、『屋根裏の散歩者』を抱きしめた一人の女学生が倒れているのが発見された。 近隣に住む友人の証言で、彼女は骨董商霧生九太郎氏の次女で高等女学校の学生霧生千秋(十七)と判明した。 体には外傷一つなかったが、その髪は一夜にして銀鼠色に染まり、瞳からは光が失われていた。 彼女はうわ言のように、誰も知らない神の名を呼び続けているという。 ただ、その神の名に紛れ、ときどき「大亂歩、大亂歩」とかろうじて聞き取れる言葉があった。 我ら衛府帝新聞記者達は、作家江戸川亂歩氏と心霊学者森梟夫氏の二名に意見を聞きに行く所存である。……」 『銀鼠の微睡』リプレイ── 完 ∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴・∴ 齊藤飛鳥: 児童文学作家。推理作家。TRPG初心者。ゲームブックは児童向けの読書経験しかなかったところへ、『ブラマタリの供物』『傭兵剣士』などの大人向けのゲームブックと出会い、啓蒙され、その奥深さに絶賛ハマり中。最近は、そこにローグライクハーフが加わった。 現在『シニカル探偵安土真』シリーズ(国土社)を刊行中。2025年までに6巻が刊行中。2026年春に、7巻が刊行。 大人向けの作品の際には、ペンネームの羽生(はにゅう)飛鳥名義で発表し、2026年1月上旬に文庫版『歌人探偵定家』(東京創元社)、同年5月29日『歌人探偵定家 弐』が刊行。同年6月22日には、『御成敗式目の殺人』(中央公論新社)が刊行予定。 初出: 本リプレイはFT新聞が初出の書き下ろしです。 ■書誌情報 日曜ゲームブック 『銀鼠の微睡』 著:森梟夫 監修:水波流 2026年3月22日FT新聞配信 ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください) ---------------------------------------------------------------- メルマガ解除はこちら https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2026ft0409news@blogger.com ※飛び先でワンクリックで解除されます。