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2026年5月18日月曜日

アランツァへのいざない 第4回 FT新聞 No.4863

おはようございます、自宅の書斎から杉本です☆ ◆貨幣と流通  アランツァ世界の種族たちは、それぞれが異なる時間軸のなかで生きています。善の種族では 寿命がもっとも長いのはエルフで、次がドワーフ、人間、コビット、ノームの順に短くなっていきます。  それぞれの寿命の違いは、種族の人生観や生活スタイルに大きな影響を与えます。総人口はそれなりでも、大規模な経済流通が育ちづらい傾向がここにあります。価値間が異なるものどうしが集うとき、同じ都市に住まうとしてもその行動の指針はバラバラです。  貨幣は絶対的な価値を持ちません。問題なのは購入機会です。アランツァにおいては隣の街で当たり前に売っていたものであっても、隣の街ではまったく見かけないことが頻繁にあります。商人たちは品物を持って移動し、買ってもらう努力をしています。しかし、その品揃えはそれほどよくありません。ある都市で作られるものは、その都市でしか手に入らないことが珍しくありません。   貨幣と流通:貴金属や宝石  アランツァ世界でもっとも流通している貨幣は、金貨と銀貨です。金貨1枚は銀貨10枚に相当します。銅貨もあって、銀貨1枚=銅貨10枚ですが、こちらはあまり冒険で見かけません。  もっとマイナーな貨幣として、オリハルコンがあります。オリハルコン貨1枚は金貨100枚に匹敵します。これは優れたゴーレムを製作するさいに役立ちます。  武具に使われる金属も価値があります。アダマンタイト、カーグ鋼、幸鉄鋼などです。優れた武具などの製作に役立ちます。1枚が金貨10枚に匹敵します。  硬貨は1枚あたり50グラムですが、1人が所持する合計枚数が100枚以下のときには重さとしてカウントしません(100枚あたり装備品欄ひとつが必要です)。  宝石にはさまざまな種類があり、大きさや品質などによって価値もまちまちです。ひとつ言えることは、宝石で支払った場合にはお釣りがもらえない、という流通世界の実態です。宝石はそういう意味で、貨幣としての役割を完全に果たしてはいません。     貨幣と流通:食料  食料の中心は小麦と米で、これらもしばしば貨幣と同じように扱われます。小麦と米は価値としては同等です。装備品枠ひとつを埋める小麦/米は5キログラムほどで、金貨5枚の価値があります(つまり、1キログラムの小麦には金貨1枚の値が相場としてつくというわけです)。 ◆アジール  「アジール」は「聖域」「避難所」などと訳される概念で、中世における、争いごとを持ち込んではならない、罪人が捕まえられることのない場所です。ヨーロッパに限らず、たとえば日本にもありました。お寺に逃げ込んだ人を、岡っ引きが手出しできないような時代劇のシーン、見たことありませんか。そういうのの中世ヨーロッパバージョンです。「アジール」には、宗教的な理由からそうなっている場所と、実際的な理由からそうなっている場所とがあります。   アジール:宗教的な「聖地」としてのアジール  たとえば、前者は寺院のなかが挙げられます。宗教的に「神聖」だから、などの理由によって、俗権力が及ばない場所として存在します。   アジール:実際的な理由からのアジール  後者は渡し船の上などです。渡し船は経済や人間の流通上大切なものだったことに加え、船の上つまり川という、しばしば領地としてはあいまいな場所でした。その川が2つの領地の境目だった場合、どちらの側のトラブルかで揉めると、ややこしいことになりかねなかったわけです。 そこでのもめ事を避けるため、公権力の不可侵な領域としたのでしょう。  船でのゴタゴタの例を、少しご紹介します。追っ手に追われて逃げてきた犯罪者が、渡し船に乗り込んだとします。追っ手がそこに追いついたとしても、船上での逮捕はできません。厳格な、守らなければならないルールにのっとって、物事が粛々と進められました。  まず、船の前方に犯罪者が乗り、後方に追っ手が乗って、間に船頭がいるカタチで船を進める。 反対岸に着いたら犯罪者がまず逃げる。  一定の時間をおいて、追っ手がそれを追う。  アジールに逃げ込んだことによって中断された追いかけっこが、しかるべき手順に沿って再開されるというわけです。   その他のアジール:宿  宿もまたアジールの一種です。宿主が誰かを家に泊めてあげると決めた場合、その宿泊客がたとえ犯罪者であると分かっても、宿泊の期間中(最大3日ほど)は警察に引き渡すことがはばかられました。これも一種のアジールとして認められます。   その他のアジール:宴会の席  社交場のひとつとして用意される正式な宴会の場では、争いごとの因縁をその席に持ち込むことは許されませんでした。宴会が終わるまで、待たなければならなかったというわけです。  これも、アジールです。   アランツァ世界のアジール  アランツァ世界のアジールは、聖フランチェスコの街壁にある「救済の輪」が有名です。渡し舟や聖堂内、宿などでも戦いが禁じられていて、そういった場所では襲撃を行うことができません。別の例では、自治都市トーンにある「白い家」が知られています。人々はすべての身分と立場を「家の外に置いて」家に入らなければなりません。敵対する集団の代表どうしが話し合う際に使われることもしばしばです。 ◆フェーデ  フェーデをどう訳したらいいのか、私には分かりません。「自力救済」と訳されることもあります。「武力行使」のほうがしっくりくる感触もあります。  フェーデというのは、権力を与えられた王様などがちょっとした際に「やり過ぎてしまった」とき、これに武力でもって抵抗する行為のことを指します。 「おう、ウチの土地を勝手に切り取ってくなや!」 「おう、いま侮辱したな! 謝らんのか!」 「ウチの領民を傷つけたんやってなあ!」  主に土地などをむやみに侵害されたときや、恥辱を与えられた際に行ったとされています。 ポイントは、このフェーデは15世紀末まで諸貴族の権利としてちゃんと認められていた、という点です。  中世ヨーロッパにおける王様の力は、時期によって異なるものでした。中世初期の頃はいわゆる「天下統一」が進んでいませんから、ヨーロッパ全土における王様は中期や後期と比べて数が多かったわけです。王様の数が多いので、各王の統治するそれぞれの領土は小さいわけです。 だから、初期の頃のほうが個々の王様の持っている実力は小さなもので、その支配力もしれていました。  本当に初期の王様というのは、貴族が何人かいる中で誰か1人が代表にならなければならないような状況で「じゃあフェルナンドさんやってよ」ぐらいのノリで決まっただろうというレベルのものだったわけです。後に子孫が超大国の王となるフェルナンドさんも、最初はそんな感じだったのですよ。だから、権力を持ってはいましたが、それは相対的なものに過ぎませんでした。  そんな風に「周りの貴族よりも頭ひとつ分ぐらい権力を与えられた」程度の王様では、頼りになりません。警察が頼りない街みたいなものです。市民1人1人が銃で武装するような感覚で、貴族たちは武装したわけです。「そもそも頼りにする気がない」点も一緒ですね。  アランツァ世界におけるフェーデは、冒険者たちに対して都市が不当と思われる要求や態度をとったさいに発動します。冒険者たちは「正当な権利」として、彼らに戦いを挑むことができます。街で仲間を不当に拘束された、コロニーの所有物を接収されそうになった……今でいう主権侵害が行われるとき、フェーデを発動することができます。この戦いは「王の権威を損なう不遜なもの」として行われるのではありません。権利を侵害された冒険者たちが、「尊厳を回復するために行う正式な手続き」なのです。 ◆裁判と決闘裁判  裁判に対して不服を感じるとき、冒険者は決闘裁判を申し込む権利を有しています。決闘裁判はその街の闘技場で、当事者である冒険者とその仲間が戦う権利を有します(パーティ全体で戦うということです)。戦う相手は市が用意します。おそらくは街の衛兵か、奴隷化された悪の種族が登場するでしょう。  決闘裁判はフェーデの一種であるため、これもまた「尊厳を回復するために行う立派な行為」とみなされます。ただし、勝利しなければ、神に認められた正当性を得ることはできません。神の加護がある者が、負けるはずがないのですから。結果がすべてなのです。 ◆はざま    アジールとフェーデは人と人との間に生まれたならわしですが、はざまはアランツァというファンタジー世界特有のものです。  アランツァ世界では1年は365日ですが、その内訳は少し異なります。1ヶ月は30日で、12ヶ月で360日あります。残りの5日間は『不運の日々』と呼ばれていて、12月30日の後に訪れます。不運の日々の間は太陽が姿を隠し、5日間ずっと世界が闇で覆われます。不運の日々の間、死者の霊がエヴァシュネからアランツァにやってくるので、森や荒野、街の通りなど、安全な場所はほとんどなくなります。そのため、5日間外に出ないのがアランツァの習わしになっています。 ・闇のとばりの日(1日目) ・霊魂の舞い降りる日(2日目) ・覚めぬ眠りを知る日(3日目) ・漆黒たる沈黙の日(4日目) ・狂った夜の祭りの日(5日目)  この世界には『はざま』と呼ばれる何かが存在していて、誰でもそこに落としものをします。記憶を忘れてしまうこと。ちょっとした小物。やれていたことが急にできなくなること。いきなり情熱を失ってしまうこと。どのくらいの割合かは分からないが、それらの一部は『はざま』に落としたことで生じると言われています。  不運の日々は1年の「はざま」にあたり、失ったものを取り返すチャンスでもあります。都市の広場では『とばり市』と呼ばれる、この世の者たちではない何かが開く市場が5日間続きます。そこで扱われるのは人々が『はざま』に落としたものが中心で、普通は金で手に入らないようなものがたくさんあります。どこの大都市でも、霊とも妖術使いともつかぬ者たちがうろつきます。   領域的なはざま  不運の日々は「時間的なはざま」ですが、領域的なはざまも存在します。アランツァとエヴァシュネは重なり合うふたつの世界ですが、両者の間にもはざまが存在していて、ふたつの世界を行き来しようとすると、魔法使いは魔力をどこかに「落として」しまうことが知られています。  エルフたちはガリンカの精霊から導きを受けて、ふたつの世界にあるこのはざまに入り込む術を身に着けたとうわさされます。彼らの里がそのはざまにあるという話も、まことしやかにささやかれています。これはナーガたちと同様です。ナーガやラミアは世界のすき間が、ふたつの世界のどちらからも安全であることを知っているのです。とはいえ、彼らにも食料をはじめとする日用品が必要不可欠ですし、はざ間にとどまるには膨大な魔力が必要で、その魔力を維持するための「栄養」も摂取しなければなりません。結果として、彼らはアランツァとエヴァシュネの両方を、必要な糧を求めて定期的に探索します。 それではまた!