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ローグライクハーフ『写身の殺人者』リプレイ vol.8
(東洋 夏)
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FT新聞をお読みの皆様、こんにちは!
東洋 夏(とうよう なつ)と申します。
本日はサン・サレンが舞台のd33シナリオ『写身の殺人者』のリプレイ小説をお届けいたします。
製本版『雪剣の頂 勇者の轍』に収録された、サン・サレン四部作のひとつです。
ファンメイドのリプレイとなりますが、お楽しみいただけましたら幸いです。
この連載は隔週でお送りしており、本日は第八回にあたります。
冒険は最終イベントに突入しておりますが、今日が初めての方にもお楽しみいただけるよう、少しだけ主人公たちと前回までのあらすじをご紹介させていただきますね。
主人公を務めますのは、聖騎士見習いの少年シグナスと、元人間だと主張する不思議な〈おどる剣〉クロ。主人公ふたりをプレイヤーひとりが担当するスタイルでお送りします。
シグナスとクロは居合わせたサン・サレンの街で「悪夢殺人」とでも言うべき事件に遭遇します。これは自分の姿をした何者かに殺される夢を見て、その後、現実でも殺されてしまう。そんな気味の悪い事件なのですが、ついにシグナスもその悪夢を見てしまいました。
犯人を捕まえるべく捜査に乗り出したふたり。前回のリプレイでは、宮廷医アグピレオの薬局に呼ばれ、その工房で何と連続殺人事件の犯人〈写身の殺人者〉と対決! アグレッシブ過ぎるアグピレオ先生の援護もあり、鮮やかに犯人——薬局の下働きを仕留めます。
それで今日はエピローグ……。いえそれが実は、違うんです。
何が違うのかは、この先をどうぞお楽しみに。
なお、ここから先はシナリオのネタバレを前提に記述します。プレイするまで内緒にしておいてくれという方は一旦この新聞を閉じ、代わりにシナリオを開いてサン・サレンにお出かけいただきますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
それでは最終イベントの模様をご覧あれ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
[エピローグ/だがエピローグでないもの]
「おっ、シグナス! 手柄だったそうじゃないか」
領主館に帰還するとすぐに、玄関ホールで待ち受けていた聖騎士の先輩ベルールガに見つかった。
アグピレオ薬局の下働きが巷を騒がせた写身の殺人者であったことは、既に伝わっている。シグナスは今にも倒れそうな顔をしていたアグピレオ先生を支えたくて、しばらく薬局に留まっていたのだ。
「サー・ノックスもご存じだからな。うんと褒めてもらえよ。ほらこっち」
力強い聖騎士の先輩はシグナスの腕を取ると、有無を言わさずホールに詰めかけた人々を掻き分けて奥へと進んでいく。押しのけられた誰も彼もが文句を言おうと振り返っては、こちらの顔と血まみれの装束を見て不平を引っ込めた。それが面はゆく、シグナスはサー・ベルールガがもっと速く歩いてはくれまいかと願うのである。
やがて導かれたのは謁見者控え室、今はナリクの聖騎士たちが領主警護用の臨時詰め所にしている部屋だった。部屋の中に入るなり、シグナスは緊張して一本の棒のようになってしまう。控え室には数人の騎士がぱらぱらと点在していたが、そのうちの一人は見間違えようもない、主人ノックス・オ・リエンスだったからだ。
サー・ノックス。歳の頃は二十代の半ばを過ぎたあたり。男性にしては細っこい長身からすらりと手足の伸びた立ち姿は剣を連想させる。彼についての噂は枚挙に暇がなく、信じがたいものではコーデリア王女様に命じられて暗殺をしているとか、単身で敵国ドラッツェンの城に忍び込んだとか、いやいや潜り込んだのはドラッツェンの女王の寝室だとか、それより恐ろしいのでは飛竜ドレイクを生きたまま八つ裂きにしたというのも……。眉唾物だが、シグナスはその内の幾つかは真実でもおかしくないと思っている。
窓際に立った主人は既にシグナスの存在に気づいており、三白眼がちな鋭い左目でシグナスを見ている。右目は今日も長い前髪の下に隠されたままだ。その横にもうひとり、サン・サレンの高官らしき人物が揉み手をしながら難しい顔をして立っている。
「サー・ノックス!」
ためらいを察してか、生来の人懐っこさによるものか、ベルールガは引き続きシグナスの腕をむんずと掴むと歩いていく。
「何、お前は怒られるような事なんぞ、たったのひとつもしてないさ!」
それは僕の失態をご存じないからです、と反論したかった。すべての選択が叱責の種になる気がする。牢から引き出された罪人のように主人ノックスの前に立つ頃には、シグナスはすっかり萎縮していた。
「戻ってきましたよ、可愛い従騎士くんが」
ベルールガがそう言っても主人の表情はぴくりとも動かない。怒っているのか、いないのか。あるいは何とも思われていないのか(こちらの方が確かそうだ)。ただぞんざいに手を振ってベルールガを追い払ってしまった。
シグナスはますますおどおどして、
「サー・ノックス、あの、シグナスと<おどる剣>のクロは只今、帰還いたしました。その……」
「怪我は」
「ふへっ」
予想外の質問に奇声が出てしまったシグナスを、主人ノックスはじろりと睨め付ける。てっきり開口一番に叱られるのだと思っていたのだ。
「無いです。打ち身と擦り傷くらいで」
「それは、有る、と言う」
「申し訳ございません……」
主人は軽く溜め息をついてから、傍らのサン・サレンの高官を見て言った。
「こちらで事情をまとめてから、ご報告を差し上げる」
「それは困る。今すぐにでも御領主様の前に出て全てを説明してもらわなくては」
勢いよく喋り出した高官がシグナスに歩み寄ろうとするのを、主人がさりげなく間に割って入って制する。
「まだ未熟ゆえ、お耳障りで要点の分からない証言をすることでしょう。指導をしてからお出しすべきだと存じます。それに」
と言った後に不意に声が低く、凄みを帯びて、
「これは僕の従騎士だ。貴方の権限は及ばない」
その後の沈黙には、「連れて行きたければ僕を殴り倒すがいい、貴方にやれるものならばだが」というニュアンスが含まれている。
高官は反論の言葉を探したが見当たらず、明日の朝には必ず御前に出てもらう、と言い捨てて、怒り狂った足取りで控え室を出て行った。
(かばってくださった!? いや違う、ロング・ナリクの立場を守るためだ。でも、それでも……)
シグナスは驚きに目を白黒させている。
「それで」
淡々とした声に顔を上げれば、やはり特に何とも思っていなさそうな主人がいた。
「解決か」
「いえ、サー・ノックス。あの、僕が考えるにあの薬局の下働きは……」
その先を続けるにはありったけの勇気を掻き集める必要があったが、何とかシグナスはやってのける。
「……犯人じゃないかもしれません」
「根拠は」
「あの、僕たちは被害者のご遺体を見せてもらいました。その時に、防御した傷跡が無いのがおかしいなって思ったんです。僕だけじゃなくてクロも確認してます。薬局の下働きは"俺の事を殺人鬼だと思い込む"んだって言ってたんですけど、それはつまり、被害者のひとが下働きこそ〈自分〉だと思い込んで、自分が〈殺人鬼〉のように錯覚して、自分で自分を傷つけちゃうという意味だと僕は受け取りました。理屈は合っているようでもあるんですけど、でも……」
シグナスが言葉を一旦止めて、何の反応もない主人をこわごわ見上げると、
「続けろ」
と一言だけ返ってきた。
「はい。ええと、今回の事件はまず悪夢を見て、それから実際の殺人という順番です。僕も悪夢を見て、それから襲われました。僕にそっくりな奴でした。でも、下働きが言う通りなら、死者が出るきっかけは、被害者が下働きを〈見て〉錯覚を起こすことですよね。でも、僕が襲われたときは周りに誰もいませんでした。これもクロが知っています。加えて言うなら、僕が僕のニセモノに襲われたきっかけは、自分の姿が映った水溜まりを覗いたからで、下働きに会ったからじゃないです。もうひとつ、僕は自分を襲うんじゃなくて、その、クロを襲ったみたいで……。なので、その、すっきりしないんです。下働きの考えている薬の効果と、僕に起こったことがちぐはぐで。何かまだあるんじゃないかと」
「ならば、どうする」
「真実を探したいです、サー・ノックス。でも手がかりが無くて」
悔しいですと本音を漏らしたシグナスを見る主人の表情が、ふと和らいだ気がした。恐らく目の錯覚であろうが。
「捜査の継続を許可する」
「はい! ありがとうございます、サー・ノックス!」
「ひとつ。お前の目の付け所は良かった。遺骸を調べるというのは」
主人がヒントを出してくれたのだと気付いて、シグナスは反り返る寸前まで背筋を正した。
「でしたら、ええと、教えていただきたいことがあるのですが……」
「言ってみろ」
「犯人だと名乗った下働きの死体は、何処に安置されているんでしょうか」
「この領主館の地下で、アグピレオ医師による検死が始まっている。見に行くのだな」
「はい」
サー・ノックスは自身のマントに留めてあったピンを抜くと、シグナスに手渡した。ただのピンではない。太陽と十字の紋章、すなわち聖騎士の身分を示す大切な品だ。それを託すと言うのである。
「立ち入りを拒むものがあれば、僕の名を出せ。分かったな」
「……! はい、ありがとうございます、サー・ノックス!」
■
「駄目だ、駄目だ! ここはアグピレオ先生以外は入れるなと言われている。ましてやお前のような子供など、駄目に決まって……」
槍を持った衛兵はシグナスが取り出したピンを見て、渋い顔をした。領主ラドス・フォン・ハルトは、悪夢連続殺人事件の調査においてナリクの聖騎士が求めるものはすべて与えよと命令している。衛兵はしばし悩んだが、結局道を開けた。シグナスは彼の気が変わらない内にと螺旋階段を駆け下りる。
地階には廊下に沿っていくつもの部屋が並んでいたが、目指す部屋はすぐに見つかった。半開きになった扉から明かりが漏れている。人の声も切れ切れに聞こえてきた。
「……ふふ……良い……顔……をして!」
シグナスは雷に打たれたように立ち止まる。その声には、聞き覚えがあった。もちろんこの部屋にいるべき人の声であるが、しかし──。
鞘からクロを引っ張り出し、シグナスは臨戦態勢を取りながら、足音を殺して部屋に近づいた。
「あは、はははははは!」
熱に浮かされたような、高らかな笑い声が響く。扉の陰に隠れて中を窺うと、アグピレオが台の上に載せられた下働きの死体を覗き込みながら、にやにやと笑っていた。
(そんな)
シグナスの背筋に悪寒が這い上る。
(そんなことって。僕は知ってる。あの顔、水たまりから出てきた僕のニセモノと同じ笑い方だ)
ではこれは、まさか宮廷医のニセモノなのだろうか? ニセモノがついに実体を持ったということ? 僕はその決定的な瞬間を見ている? ならば逃がしてはいけない。真実に繋がる大きな手がかりになるはずだから。
「クロ、捕まえよう」
「分かった」
ふたりは部屋に飛び込むなり、後ろ手に扉を締め切った。その音にアグピレオ──のニセモノと思しき存在が驚いたように顔を上げる。
「お前が写身の殺人者だな! 観念しろっ」
シグナスの言葉に、アグピレオの顔からすうっと表情が失われた。熱狂も、狼狽も。
「君は上手く騙せたと思ったんだけどね」
「──え」
「今夜の残業は長くなってしまうでしょう。報告書の手直しに、検死が二件。〈おどる剣〉は含まれないのが幸いかもしれませんね」
「──アグピレオ先生?」
「シグナス、こいつは本物だ! 周りを見ろ!」
クロの警告で、はっとして室内を見渡す。狭い部屋の中にあるのは台に横たわる死体だけだ。ニセモノに襲われているなら、アグピレオはふたりいるはずだろう。しかし今、アグピレオは、ひとりしかいない。宮廷医は悲しげに首を振った。
「──先生が、写身の殺人鬼……!?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今回のリプレイは以上となります。
シナリオのフレーバーテキスト的には「主人公は初めから怪しいと思っていた」ことになるのですが、これまでの経緯を考えるとこのピュアな十二歳は微塵も疑ってなかったと推測されるため、主人ノックス様に助け舟を出していただくことにしました。何せシナリオ中で獲得できる「手がかり」も、ご遺体に防御の傷が無いという一点しかありませんでしたからね……。
信じていた大人の真の姿を見てしまったシグナスくん。
恐らくいま物凄く傷ついているであろうシグナスくん。
この対決、一体どうなってしまうのでしょうか。
というところで、再来週の木曜日にヒリつく真の「最終イベント」をお届けします。
良きローグライクハーフを!
◇
(登場人物)
・シグナス…ロング・ナリクの聖騎士見習い。12歳。殺人者の悪夢を見ておねしょした。
・クロ…シグナスの相棒の〈おどる剣〉。元は人間かつ騎士だと主張している。
・ノックス…シグナスの主人。超が付くほど厳格な聖騎士。
・ベルールガ…ノックスの同僚の聖騎士。優しい。
・サン・サレンの領主…殺人者の悪夢に苛まれている。
・アグピレオ…領主付きの医師。心が落ち着くハーブティーの売り上げが好調。
■作品情報
作品名:『写身の殺人者』
著者:ロア・スペイダー
イラスト:海底キメラ
監修:杉本=ヨハネ、紫隠ねこ
発行所・発行元:FT書房
購入はこちら
https://booth.pm/ja/items/6820046
『雪剣の頂 勇者の轍』ローグライクハーフd33シナリオ集に収録
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