おはようございます。
FT新聞編集長の水波です。
今日は金曜日の投稿枠を使って、非実在作家・森梟夫先生と私が最近取組んでいるお話をさせて頂こうと思います。
皆さんは、江戸時代の国学者・室井恭蘭をご存じでしょうか。
『信濃秘史』『妖魅本草録』などが代表的な著作で、諸星大二郎氏の漫画作品にも度々引用されております。
私はその怪異なる匂いに昔から惹かれておりました。
そして、森梟夫先生によって電子の海から、忘れ去られた国学者が記した古史古伝が1つ、引き揚げられました。
今日はそのご紹介をできればと思います。
おっと、あとは森さんにお任せしましょう。
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『忘れられた国学者と、開かれてはならぬ書』
──橘樹景巌『真州古伝攷』をめぐって
著:森梟夫&水波流
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文政から幕末にかけて、信濃国に一人の国学者がいた。
名を橘樹景巌(たちばな・けいがん)という。
本居宣長や平田篤胤の名は、いまなお国学史の正史に刻まれている。
だが景巌の名は、そこにはない。
理由は単純だ。──彼の学問は、「考証」ではなかったからである。
■ 正統国学の末流、あるいは逸脱
橘樹景巌は、平田派の影響を色濃く受けた国学者とされる。
しかし残された断簡や門人の聞書を読む限り、彼は「幽冥の存在を理論化」することに満足していなかった。
古伝を攷(かんが)ふにあらず、古伝を喚(よ)ぶに在り。
これは『真州古伝攷』序文断簡に見える一文だ。
ここに彼の立場は端的に示されている。
景巌にとって、古事記や神代伝承は「読むもの」ではない。
再び現世に入り込ませるものだった。
■ 『真州古伝攷』という危険な書
『真州古伝攷(しんしゅうこでんこう)』は、全七巻構成と伝えられる。
そこには「すべき作法」が書かれている。
読む者の呼吸、沈黙の時間、香の焚き方──
書を読む行為そのものが、一種の儀式として構成されているのだ。
これは学問書ではない。
実践書であり、召喚書に近い。
■ なぜ「古伝攷」なのか
景巌は、自らの書をこう呼んだ。
「真州(=神州)」の「古伝」を「攷」する書──
つまり、正しい日本の古層を、あらためて"考え直す"書である。
だが、終章注記にはこう記されている。
記すことは、封ずるにあらず。
これ、ひらくなり。
この一文によって、『真州古伝攷』は反転する。
書かれた瞬間、それは記録ではなく侵入口となる。
■ 歴史から消された書
明治初年、ある地方官の報告書に次の記述がある。
「橘樹景巌遺書、学理にあらず、民心を惑はす虞あり。神道行政上、看過しがたし。」
危険すぎたのである。
近代国家が必要としたのは、整えられた神道であって、神が「再び来てしまう」神学ではなかった。
■ 失われた古伝を紐解くものへ
『真州古伝攷』は、いまなお完全な形では読めない。
だが断簡であっても、十分すぎる。
なぜなら、この書は──
読まれることで完成するからだ。
あなたがこの記事を読み、この書の存在を知ってしまったこと自体、橘樹景巌の思想から見れば「始まり」に等しい。
封印は、読む者が閉じないことによって成立する。
令和8年1月-
森梟夫
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『真州古伝攷』(しんしゅうこでんこう)
著者:橘樹景巌(たちばな・けいがん)江戸後期の国学者。
成立:文化年間(1804〜1818)ごろ。文化十三年刊という説在り。
長野県木曽郡の廃寺で、焼け残った『真州古伝攷』の写本断片が発見された。
「真なる信州に伝わる、古き神々の伝承を考証したる書」
すなわち
"地誌の形をとった異界の史書"または"現実と異界を地続きに見る地方誌"である。
【全体構成】
『真州古伝攷』は、信州(長野県)を中心とした中部山岳地帯(諏訪・戸隠・安曇野)に伝わる異形信仰・古代部族・禁忌の伝承・民間の怪異・神代の遺構などを記した民族誌的記録。
全七巻。序に曰く──"真州とは、神々の埋りし地なり"
【巻別内容】
一之巻:山人と土蜘蛛伝承
木曽・伊那谷に残る「土蜘蛛」伝承の記録。
鍾乳洞に住まう毛むくじゃらの異形人(山人)の目撃譚。
倭政以前にこの地を治めていた「葦原族」と呼ばれる人々の記録。
二之巻:諏訪神と蛇神信仰
諏訪大社の神事に潜む「ミシャグジ」神の秘密。
「蛇骨神」と呼ばれる禁忌の存在について。
古代に「大蛇を以て国を祓う」呪儀が存在したとの記述。
三之巻:隠れ里の記録
天竜川上流域に存在したとされる「空白の村」の調査。
迷い込んだ旅人が見た不老の民と、逆さまに歩く子どもの話。
「隠れ里」は一種の時間の外にある空間であるとの推測。
四之巻:信濃地下に眠る"国つ罪"の牢
戦国期以前から存在する「地下封印」の伝承。
人間ではない何かを封じた「鉄の棺」が山中にあるという。
地下に響く鈴の音と、見ると死ぬという赤い仮面の話。
五之巻:月読族と黄泉の門
信濃西部に伝わる「月読の巫女」の系譜と、呪禁の技法。
古墳に眠る「夜の王」の伝承。
冬至の夜にだけ開く「黄泉比良坂」への入口。
六之巻:渡来民と巨石信仰
飛鳥以前、海を越えてやってきた「和珥族」の痕跡。
上田・佐久の巨石群と星座信仰の関係。
巨石の下にある"神の骨"の正体。
七之巻:大災と封印の儀
古記録にない「黒い日蝕」と、それに続いた地割れの年。
それを鎮めた「神人」の自死と封印の話。
『真州古伝攷』自体がその封印の一部であるという終章。
【形式】
各巻には橘樹景巌の聞き書き、古文書からの抜粋、絵図、神代文字とされる謎の文字の写しも含まれる。
記された地名の多くは現存しない。
一部の巻は"閲覧禁止"とされていたとの記録もあり、「触れるべからず」「語るべからず」との朱書きあり。
【補足】
橘樹景巌は「この地に封じられし神、今なお眠らず」と巻末に記す。
現存する写本は2部とされ、うち1部は明治期に焼失、もう1部は所在不明。
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《記録文書:『真州古伝攷』調査報告書より抜粋》
第一章:赤い仮面の夜
【記録日:2025年10月22日】
【記録者:井原 志帆】
2025年10月、信州大学民俗学研究室・助手の井原志帆(いはらしほ)は、先輩研究者から受け継いだ一冊の古写本の調査を命じられた。それが、後に「橘樹景巌の幻の著作」と判明する──『真州古伝攷』である。
写本の出所は不明だった。劣化が進み、一部には虫食いがあったが、「四之巻」だけが異様に保存状態が良かった。ページの途中に朱墨で書かれた文字がある。
「真州とは、神代の裔(すえ)いまだ息づくところなり。」
そして、その巻にはこうあった。
──鉄の棺。仮面をかぶせし者、神に非ずしてヒトにあらず。
それに触れし者は、一夜にして姿を変え、里を食む。
志帆は調査のため、長野県伊那郡のある廃村跡へと向かった。『真州古伝攷』の記述と一致する地形が見つかったからだ。集落跡は地図にも載っていない。唯一の手がかりは、古い登山会報に記された「鈴音坂(すずねざか)」という地名だった。
彼女は音声レコーダーを回しながら、谷を歩いていた。午後五時、誰もいない山中で、ふと「鈴の音」が聞こえた。それは風に乗って遠ざかったかと思うと、次には耳元に現れた。
「……くる……くる……また、くる……」
振り向いた瞬間、志帆はそこに"仮面"を見た。赤く塗られ、能面のように無表情なそれが、木の間からこちらをじっと見ていたという。
録音データには、不可解な高周波ノイズと、女のすすり泣きのような音が残っていた。
彼女は翌日、消息を絶った。
第二章:ミシャグジ封印図
【記録日:2025年11月2日】
【記録者:佐伯 修二(民俗考古学会・特別会員/元NHKディレクター)】
【概要:井原志帆氏失踪後の再調査記録】
志帆が消息を絶ってから十日が経った。報道はされなかった。大学は「調査中に滑落した可能性が高い」として、詳細を伏せた。しかし、彼女が残したレコーダーとノートは、私の手元にある。
録音には、確かに「鈴の音」と「仮面に関する証言」が残されていた。そして、ノートには奇妙なスケッチがあった。
それは、一枚の円形の図。周囲に梵字めいた文字が書かれ、中央には二匹の蛇が絡み合い、仮面を巻きつけているような奇怪な構図。
志帆はこの図を「封印図」と呼び、傍らにこう書いていた。
「これは"ミシャグジ"ではない。だが、ミシャグジ神事にこれが封じられている。祭ではなく、再封なのだ。」
私は長野県・茅野市の諏訪大社の旧記録を調べた。意外にも江戸期の古文書に、以下のような一節があった。
「神事、蛇骨を封じ、仮面を被せて祀る。ミシャグジ、此にて動かず。」
さらに驚いたのは、諏訪大社下社の宝物殿に保管されていた古絵巻『神蛇図』に、志帆の描いた封印図と酷似した構図が存在していたことだ。だが、学芸員はその絵について口を閉ざした。
「その図は……里の者も、あまり見たがりません。」
志帆のノートには、もう一つ、赤インクで書かれた言葉があった。
「夜に封印を解くな。音が響けば、仮面は目覚める。」
私はその日のうちに、志帆が最後に立ち寄った「鈴音坂」への同行を申し出た。現地ガイドは一度は拒否したが、私が例のスケッチを見せると、蒼白になってこう言った。
「その絵……うちのじい様が、"見てはならん御印"だと言って焼いたもんですよ……。よくまだ、残ってましたね。」
【調査メモ抜粋】
・"ミシャグジ"とは封印神事であり、本来は外から来た異神
・"赤い仮面"は、神を覆うものではなく、神そのものの"顔"である可能性
・古写本『真州古伝攷』四之巻には、「赤面を剥ぎたる者、七夜ののち、村を喰う」との記述あり
第三章:鉄の棺
【記録日:2025年11月4日】
【記録者:佐伯 修二】
【同行者:地元案内人・北村 昇(60代・元猟師)】
「志帆さんの声、残ってましたか?」
北村は登山口に立ちながら、そう訊いた。
「ええ……だが、録音の終盤、まるで別人のような、笑い声が入っていた。」
私が答えると、彼は言った。
「それ、志帆さんやない。"山の声"ですわ。」
私たちは早朝6時、「鈴音坂」へ向かった。林道は廃道寸前で、車を下りてから歩く。途中、獣道としか思えぬ崖沿いの小径を抜け、古びた石の鳥居を見つけた。
鳥居の柱には、かろうじて読める文字が刻まれていた。
「□□ノ□□神封所」
※判読不能箇所多数。中央に"封"の一文字だけが赤く浮かび上がっていた。
鳥居をくぐった先に、それはあった。
山肌の岩を穿った、人工的な「穴」。入り口は石積みでふさがれていたが、一部が崩れ、中が見える。私は強い腐臭に顔をしかめながら、ヘッドランプを点けて中へ入った。
【記録:内部構造】
・トンネル状に奥行き10m程度
・奥に「台座」と思われる石組みあり
・その上に、長さ2mほどの金属製の"棺"が存在
棺は黒く錆びており、鉄ではなく「鉛」のような鈍い質感をしていた。その上には──赤い仮面が乗っていた。
能面にも似たその仮面は、無表情でありながら、どこか"笑っている"ように見えた。
北村が声を上げた。「動いた……」
私は何も見ていない。ただ、棺の下から「水が滲むような音」が聞こえていた。
その瞬間、ランプが一度消えた。
真っ暗闇の中で、明らかに「第三の足音」が聞こえた。私と北村は確かに、もう一人いることを感じた。
【脱出とその後】
私たちは棺に触れず、急いで撤退した。だが、戻る途中で北村は崖下に転落、右足を骨折した。
彼は担架に運ばれながら、うわ言のように繰り返した。
「……音、聞いた。もう、目、覚めてる……あいつ、"名"を探してる……」
その夜、私は志帆のノートの最後のページを改めて見た。
そこには赤字でこう記されていた。
「神は名を持たぬ。だが、人が呼ぶたび、"名"が生まれる」
「仮面を呼ぶな。形を思い浮かべるな。それが鍵になる」
第四章:仮面を被るもの
【記録日:2025年11月6日】
【記録者:佐伯 修二】
【資料:井原志帆のスマートフォンより復元された音声ファイル】
■ 発見された音声
佐伯のもとに、志帆のスマートフォンから復元された音声ファイルが届いたのは11月6日の朝だった。
ファイル名は《M-SHINANO_04-4》、記録時刻は失踪当日、午後6時43分。
最初の20秒は風の音。山中で録られたものだ。
しかし、次の瞬間、志帆の震える声が入った。
「……何かが、這っている。足ではない。音が……鈴じゃない、骨が鳴ってる……」
「あれは、"呼んでいる"……"誰か"、じゃない、"名を"……」
最後に、志帆の声ではない、異様に濁った低音が一言だけ呟いた。
「……おまえの顔を……よこせ……」
この音声が最後だった。
■ 拡がる影
それと前後して、長野県茅野市、伊那市、松本市の三地域で奇妙な耳鳴りや幻聴の訴えが急増し始めた。被害者の共通点は、赤い仮面の夢を見たこと。
「誰かが私の顔を剥がして、仮面をかぶせようとするんです……」
「仮面の内側から、何かがこっちを見ている。」
精神科医は集団ヒステリーと判断したが、地元神職の一人──諏訪下社の外護師・安曇成範(あずみ・しげのり)は、佐伯にこう語った。
「それは"容れ物"を探しているのです。あなたが"見た"なら、もう遅い。」
「神ではない。神になりかけた"何か"……仮面はその"外殻"です。」
■ 佐伯の異変
11月7日、佐伯は自宅で"仮面"の夢を見る。
暗い山中、鉄の棺の前に立つ自分。
その中から"もう一人の佐伯"が這い出し、仮面を差し出す。
仮面の裏に、自分の名前が刻まれている。
「名がある。名があるなら、それは"現れる"」
「……顔をよこせ」
佐伯は目覚めたが、耳鳴りが消えなかった。
鏡を見ると、自分の顔が"どこか他人のもの"のように思えた。
■ 終りの兆し
佐伯はついに決断する。
再び、鉄の棺の地へ戻る。
封印を"解く"のではなく、"確認"するために。
志帆は棺に触れていない。ならば、彼女の"意志"がそこにまだ残っているかもしれない。
しかし、安曇外護師は最後にこう警告した。
「"顔を渡した者"はもう、戻れません。名前を呼ばれた瞬間に、"仮面"は生きる。」
「どうか、名を思い出すな。己の"顔"を信じなさい。」
第五章:顔なき神
【記録日:2025年11月9日】
【記録者:佐伯 修二(記録途中で失踪)】
【備考:本章は、佐伯が遺した録音と手記、および後日発見された映像記録を元に復元された】
■ 鉄の棺、再訪
11月9日午前4時。佐伯修二は、最後の調査と称して「鈴音坂」の封印地を再訪する。
彼が選んだのは、かつて志帆が失踪したのと同じ時刻、夕暮れ時だった。
録音記録によれば、佐伯は棺の前でこう呟いている。
「……仮面は、"顔"じゃなかった。"入口"だ。
ここから何かが……"人"になろうとしてる。」
■ 映像記録(カメラ残留フッテージ)
三脚に固定されたハンディカムの映像。カメラが捉えたのは、棺の蓋が開いている様子だった。
中は空。だが、棺の周囲に粘液のような跡と"足跡"が残されていた。
足跡は人間のものではない。趾が異様に長く、中心に"割れ目"のような窪みがある。佐伯はそれを見て呟く。
「顔じゃない。これは、仮面そのものが……歩いている?」
突然、カメラがノイズに覆われる。次の瞬間、佐伯の顔が一瞬カメラに映る──
仮面を手にしていた。
彼は泣いている。だが、笑っているようにも見える。
最後の言葉が、記録されていた。
「……名を思い出してしまった。"神"の……名前を……」
■ 結末
佐伯修二は、それ以降、消息を絶つ。
同月中旬、諏訪地方では謎の集団"顔面幻覚症状"による失神者が30名超。
多くの被害者が「同じ顔を見た」と証言する。
「無表情な赤い仮面。けれど、どこか……見覚えのある"自分の顔"だった。」
そして──
『真州古伝攷』四之巻が再び大学の書庫に戻されていた。誰が戻したのかは不明である。
だが、その最後のページには、手書きでこう記されていた。
「顔を奪いし神、いまや仮面に宿りて、"名を持ちたり"」
「その名を呼びし者、次の容れ物なり。」
終章の註
『真州古伝攷』、是れただ古(いにしえ)の詞を攷する書にあらず。
秘(ひ)すべきを攷す、言(こと)にあらわすこと、即ち禍(まが)を解くに等し。
一たび記せば、古(いにしえ)は現(うつつ)となり、
封(とざ)すにあらず、甦(よみがえ)らすなり。
(完)
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