おはようございます。FT新聞編集部員のくろやなぎです。 本日は、『ゲームブックにおける死と物語』の第7回として、『単眼の巨獣』(著:ロア・スペイダー、2025年、FT書房)に関する考察記事をお届けします。 前回の『魔人竜生誕』(著:松友健、2006/2016年、創土社/幻想迷宮書店)は人間社会を守るヒーローを主人公とする作品でしたが、今回の『単眼の巨獣』の主人公である「君」は、混沌と呼ばれる一体のモンスターであり、人間社会から見れば討伐の対象となります。 君は「最弱の怪物」としてスタートしますが、目の前に現れる生物や兵器などをつぎつぎと取り込みながら成長し、やがて「生物の範疇を超えた災害」のような存在になっていくでしょう。この特異な主人公のもとで、物語がどのように語られ、そこで「死」がどのように位置付けられているのかを、これから数回に分けて、物語の展開をなぞるような形で追っていきたいと思います。 今回は、主にプロローグから物語の序盤までの内容に触れています(選択肢やその結果に関する具体的な引用を含みます)。 作品はBOOTHにて販売されていますので(本稿作成時点では在庫あり)、実際に読みたい・遊びたい、と思われた方はぜひお早めにどうぞ。 [FT書房公式HP内 『単眼の巨獣』紹介ページ] https://ftbooks.xyz/shinkanjyoho/tangan ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ ゲームブックにおける死と物語 第7回:『単眼の巨獣』における「本能」と選択 (くろやなぎ) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■□■ ■「森の一つ目狼」の死と「君」の物語のはじまり 『単眼の巨獣』は、FT書房のファンタジー世界アランツァ(第一期:ゴーレム時代)を舞台とする、全106パラグラフの中編ゲームブックです。 その物語は、「森の一つ目狼」と呼ばれる個体の死から始まります。 「森の一つ目狼」(以下、単に「一つ目狼」と呼びます)は、動物の「狼」そのものではありません。 たしかに全身は黒い体毛をもつ巨大な狼のようにも見えるのですが、頭部からは鋭い角が生え、鱗で覆われた竜のような尻尾をもち、額には大きなひとつの目……と、さまざまな生物のパーツを乱雑に取り付けたような、普通の生物ではありえない奇妙な形態をしています。 そのようなモンスターは、人々から「混沌」と呼ばれていました。 混沌は、「あらゆるものを取り込み、成長を続ける」という特徴をもっています。これは、すべての混沌に備わった「本能」だとされており、作品の中では、そのように「成長する」こと自体が、混沌の究極的な目的や存在理由であるようにも描かれています。 一つ目狼は、ある森の生態系の頂点に君臨していましたが、そこは山脈と海に囲まれた原生林であり、外部からの侵略者が乏しい隔絶された環境でした。この環境は、もう十分に強くなった混沌にとっては、倒して取り込むべき強敵の不在を意味しており、一つ目狼は自らの成長が頭打ちになったことを感じていました。 そこで一つ目狼は、自らの分裂体として、混沌の原初の姿である「しずくの怪物」……ゼリー状の体に大きなひとつの瞳を浮かべた、丸っこい液体じみた存在を生み出します。これは一種の「出産」にあたる行為ですが、その目的は繁殖ではなく、あくまで「成長」に他なりません。つまり、そのしずくの怪物が順調に成長し、強大なもう一体の混沌になってくれれば、その個体と一つ目狼自身が戦い、勝者が敗者を取り込むことによって、もとの限界を超えることができるというわけです。 しかし皮肉なことに、一つ目狼が外敵との戦いによる成長に見切りをつけ、分裂体を生み出し、その影響で一時的に弱体化していたまさにそのとき、森には初めて外からの本格的な脅威が迫っていました。それは、強力な複数のゴーレムを含む、人間たちの国からの討伐隊です。 戦いの末に一つ目狼は敗れて殺されますが、その分裂体である「君」は、一つ目狼によって海へ放り投げられて生き延び、やがてどこかの絶海の孤島へと流れ着きます。 そしてそこから、君の混沌としての戦いと成長の物語が始まるのでした。 ■〈混沌〉の本能と「君」たちの個性 さて、主人公が混沌(初期状態においては、しずくの怪物)というモンスターだということは、言うまでもなく『単眼の巨獣』の大きな特徴のひとつですが、私にとってさらに興味深いのは、そこに設定上のもうひとひねりが加えられていることです。 作品のプロローグでは、まず、しずくの怪物や混沌がどのように特異なモンスターかということが説明され、続いて重要キャラクターである一つ目狼が紹介されます。 そこで最初に挙げられる、狼の体に「乱雑に」取り付けられた角や単眼、鱗に覆われた尻尾といった外見は、「いかにも混沌らしい」ものとして、混沌に関するそれまでの説明の具体例にもなっています。ですが、それに続いて語られる内容は、一つ目狼が混沌の典型例というわけではなく、むしろ混沌としてはかなりの変わり者であることを示唆しているのです。 まず、混沌全般の特徴としては、「城壁よりも大きな」巨体や「災害」のような強さが挙げられるのですが、一つ目狼はその隔絶された生息環境ゆえに、「普通の混沌より個体として少し小さく、弱かった」とされます。 また、「混沌は一定の場所にとどまることが少ない」と言われるのですが、一つ目狼は元の居場所である原生林にとどまり、山や海を越えて移動することをしませんでした。 混沌の生態は、「普通は周囲の生物を片っ端から喰らい、そこの生態系の頂点に達したら別の場所に移動する。結果、環境を破壊し、敵を作り続ける。さらなる強敵を倒して強くなるか、敗れて死ぬかの二択を選び続ける」というもののはずなのですが、一つ目狼は外部に新たな強敵を求めて出ていくよりも、成長のために自らの分裂体を生み出すという「まれな選択」を行いました。 さらに、討伐隊のゴーレムたちに追い詰められた一つ目狼は、自分自身が窮地を脱するよりも、分裂体である「君」を遠くへ逃がすことを優先し、力尽きて殺されてしまいます。 改めて考えてみると、そもそも「君」という分裂体は、成長が頭打ちになったと感じた一つ目狼によって、自身のさらなる成長のために、強力な外敵の代替物として生み出されたような存在のはずです。ならば、「本当の」強力な外敵であるゴーレムたちが現れた以上、一つ目狼は、「あらゆるものを取り込み、成長を続ける」という「本能」に忠実に従い、それらを倒して取り込むことに注力し、代替物であるはずの分裂体などさっさと捨ててしまうべきだったのではないでしょうか。 しかし一つ目狼は、君の存在を「先へ進むための希望」として認識し、君をゴーレムたちの手の届かない遠くの海面へと放り投げて逃がすことで、その命を守ることを選んだのです。 そしてまた、ゴーレムたちに組み伏せられる一つ目狼の様子を、放り投げられた先の海面から見つめる「君」の姿にも、一つ目狼のような変わり者の混沌としてのあり方を見て取ることができます。 以下はプロローグの中で、君が一つ目狼の付属物としてではなく、ひとつの内面をもつ主体として初めて描写される場面の一部です。 海面に浮かび、波に攫われている腕の上から分裂体である君は見ていた。分裂したてだが、本能で何をすべきかわかっていた。あらゆる生物に挑み勝利して喰らい、成長する。君にとって対面する生物は「取り込むべきかそうでないかの」2種類しかない。自分を生み出した元であってもだ。それなのに、なぜか分裂元の一つ目狼から目を離せなかった。[『単眼の巨獣』pp.16-17より引用。以降は引用ページのみ記載] 混沌としての君の「本能」に基づき合理的に判断するなら、いまや遠く離れた崖の上で繰り広げられている、強力なゴーレムと一つ目狼との熾烈な戦いの場には、生まれたばかりの「最弱」の君が勝利して取り込めるものは何もないでしょう。爪も牙も翼も持たない、ただの「丸っこい液体じみた存在」である今の君には、両者を倒すための能力はもとより、崖の上に戻る手段もありません。 ひとまず君ができることとしては、波に流されながら、何とか勝てそうな適度な弱さの生物や、取り込んで強くなれそうな物体を探すことくらいしかないはずです(作品のルール説明には、混沌はありとあらゆる「物体」を取り込み、自らの力にできると明記されています)。 それでも君は、混沌としての本能が命ずることはさておいて、「なぜか」分裂元の一つ目狼から目が離せません。そして、その最期をしっかりと見届けた後、数日のあいだ海上を漂い、やがて本編の最初の舞台である絶海の孤島へと流れ着くことになります。 このように、『単眼の巨獣』のプロローグでは、すべての混沌に共通する特性や「本能」についての説明とともに、そうした共通事項の中には回収しきれない、変わり者の混沌としての一つ目狼や君の個性が描き出されます。 そして、作品の中には、一つ目狼と君を除いて、具体的な混沌のキャラクターが登場することはありません。そのため、読者には、プロローグで作者によって説明されたような普通の混沌……すなわち、分裂などという「まれな」行動をとらず、外敵を前に分裂元に逃がされて生き延びるというまれな経験もしたことのない、いわば「典型的な」混沌の姿を、物語の中で実際に目にする機会はありません。 読者である私たちは、一つ目狼や君のような、混沌としての「本能」をもちつつ、混沌としては「まれな」選択や経験をした変わり者の混沌の姿を通してのみ、混沌というモンスターの実像に触れることができるのです。 ■「君」たちの本能と選択 では、同じ本能をもつ混沌たちの中に、なぜ一つ目狼や君のような変わり者の個体が存在しうるのでしょうか。 その理由のひとつは、おそらく、この作品における混沌の「本能」が、「強くなる」「成長する」といった大まかな目的や指向性を与えるものであり、具体的な行動や選択を決定づけるような性質のものではないからです。 この点についての象徴的なイベントが、本編の開始直後における「マグマレックス」との遭遇です。 マグマレックスは、地上戦に特化する形で進化したドラゴンで、炎どころか溶岩を吐き出して相手を焼き尽くす能力をもち、君が流れ着いた絶海の孤島の頂点に君臨しています。 マグマレックスはゲーム序盤のボス的な存在であり、その戦闘力を超えることが君の当面の目標となるのですが、場合によっては本編開始からわずか3パラグラフ目で、君にはいきなりマグマレックスと戦う選択肢が与えられます。 そこに至るまでの流れを簡単に追ってみましょう。 最初に流れ着いた砂浜から、取り込めそうな生き物を探して森へ分け入った君は、その森の向こうからの地響きや鳴き声を知覚します。その発生源で繰り広げられていたのは、一つ目狼と同レベルの大きさをもつ、巨大なゴリラとドラゴン(マグマレックス)との戦いでした。 戦いに勝利したマグマレックスは倒したゴリラの体を貪り食いますが、その様子を見ながら、君はマグマレックスが「この島の頂点だと確信」するとともに、「この化け物が君が取り込まなければならない獲物だ」と、「本能で」感じ取ります。 そして君には、 ・マグマレックスに襲い掛かる ・今は勝機がないため、じっと息をひそめて隠れる という2つの選択肢が提示され、それぞれの結果は以下のようになります。 マグマレックスに挑むべく、前に躍り出た。明らかに格上であり、実力は比べ物にならない。だが、戦わないという選択肢はない。混沌にとって強い個体は、自らが強くなるための糧なのだ。「我は捕食者」という誇りが、君を突き動かす。たとえどんなに弱くても、混沌の相手を喰らうという本能は消えないのだ。 そして、マグマレックスをにらみつけ襲い掛かり……食べられた。いともあっさりと。[p.31] 木と茂みの影に隠れて、見つからないようじっと息をひそめる。強い者と戦い取り込むのは混沌の本能だが、それは勝機も無しに視界に入ったものを襲い掛かることではない。そんな個体はあっさり死ぬ。むしろ、本物はたとえ遠回りになっても勝機を見つけようとする。 そうして隠れていると、マグマレックスはゴリラを食べ終えてその場を立ち去る。向かう先は山の方だ。足音も消え、気配も感じなくなった。[p.29] 両者の結果は対照的ですが、いずれもそれぞれの選択からの自然な帰結だと言えるでしょう。無謀にも襲い掛かった君は、あっさりと返り討ちにされてGAME OVERとなり、隠れることを選んだ君は、生き延びて成長の機会を伺います。 そして、どちらの「君」の選択も、元をたどれば君の「本能」から生じたものとして描かれていることに違いはないように思います。 「相手を喰らう」という本能から、相手にそのまま襲い掛かり、そして死ぬ。あるいは、「強い者と戦い取り込む」という本能から、その実現可能性を検討し、今はそのときではないと判断して隠れ、生き延びていつか勝機を見出すことに賭ける。たしかに前者は随分と短絡的で、逆に後者はなかなか気の長い話になりますが、それらはどちらも、相手を喰らい、取り込み、成長し、強くなるという、混沌の「本能」に紐づいた選択として位置付けられます。 「隠れる」ことによって生き延びた方のパラグラフには、「本物はたとえ遠回りになっても勝機を見つけようとする」と書かれていました。 では、襲い掛かってあっさり食べられた方の君は、混沌として「偽物」だったということでしょうか。あるいは、君を動かしたのは「偽物」の本能だったのでしょうか。 しかし、「本物」であるはずの生き延びた君も、その先のどこかの戦闘で敗れ、あるいはどこかで選択を誤って、「偽物」とされた君のように、いつかあっさりとGAME OVERになってしまうかもしれません。そのとき、いまは「本物」である君もまた、やっぱり先見の明をもたない「偽物」だったということになってしまわないでしょうか。 幾通りかの「君」を経験した読者である私には、そのような「本物」らしさは単なる結果論にすぎないようにも思われます。 個々の状況における選択が、適合的で賢く見えても、あるいはちぐはぐで愚かに見えても、それらの選択が同じ「本能」に突き動かされた結果であれば、それらの選択やそれを行う主体は、少なくともその「本能」においては等しく「本物」なのだと言えるかもしれません。 君は混沌としての「本能」に突き動かされて、格上の敵に襲い掛かり、そして死ぬ。 あるいは、「本能」ゆえに思い止まり、遠回りの末の勝機を求め、生き延びる。 同じ本能をもつ同じ「君」たちが、その本能に基づき行動し、そして正反対の結果に辿り着くのであれば、それはむしろ、そこに「本能」以外の要因が強くはたらいているということに他なりません。 「成長する」という混沌の本能に導かれ、一つ目狼は、自分の命よりも「もうひとつの自分」である君の命を優先し、君が生き延びて成長する可能性に賭けました。しかしそこには同時に、取り込むべき強敵が向こうからやってきた状況を好機とみなし、生まれたての分裂体など放っておいて、今この場で自分自身でゴーレムを打ち倒すことに賭ける、という選択肢もあったはずです。そしてそれもまた、強い者と戦い取り込むという、混沌の本能に基づく行動には違いありません。 これら2つの選択肢のあいだで、自らが犠牲となってしまう方を選び、分裂体である君にバトンを渡したということが、変わり者の混沌としての一つ目狼の個性、一つ目狼なりの混沌らしさ、一つ目狼なりの「本能」の発露なのだと言えるかもしれません。 そして、この渡されたバトンを持つのは、物語の中の「君」であると同時に、その「君」としての選択を行う、読者である私たちだということになるでしょう。 『単眼の巨獣』の物語は、混沌の「本能」に基づく、しかし本能だけでも説明しきれない、ひとつの生と死に関わるきわめて重要な選択が、「森の一つ目狼」という個性的な一体の混沌によって行われるところから始まります。 そして、そこで選択された物語の続きを、一つ目狼の分裂体である「君」(としての読者)が引き継ぎ、同じ「本能」に導かれながら、新たな選択を重ねていく……これが、『単眼の巨獣』というゲームブックの中に見出すことができる、ひとつの基本構造であるように思います。 ■おわりに 今回の記事では、『単眼の巨獣』のプロローグから序盤までの物語の一部を紹介しながら、主人公である「君」やその「分裂元」の「森の一つ目狼」による、生死を分ける選択と、その基盤にある「本能」の意味について考察しました。 「本能」には「変わらないもの」「変えられないもの」「一律なもの」といったニュアンスがあり、個人的には、文章に出てくるとちょっと身構えてしまう概念なのですが、この作品においては、その本能こそが複数の選択や分岐を生み出すという構造が面白いと感じています。 今回触れた範囲では、混沌の本能に基づく「取り込む」という行為や「成長」については、抽象的・概念的な説明にとどまっており、それが具体的にどういうことなのかはほとんど示されていません。 実際、作品において、それらに関する物語としての説明、文章での説明は限られており、読者はそれらをゲームのルールやゲーム的な処理として受け取ることになります。 そこで、次回(配信日未定)の記事では、この作品のゲームとしての側面にも着目しながら、君の「成長」がどのように具体的な形をとり、そこにどのような選択や生と死が待っているのかを見ていきたいと思います。 【書誌情報】 ロア・スペイダー『単眼の巨獣』(絵:中山将平、監修:杉本=ヨハネ、FT書房、2025年) https://booth.pm/ja/items/6823989 ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━● ■今日の新聞に対するお便りはコチラ! ぜひ、ご感想・お叱りなど一言ご意見ください。m(_ _)m ↓ https://ftbooks.xyz/ftshinbun/report 【FT新聞・バックナンバー保管庫】 *2週間前までの配信記事が閲覧可能です。 https://ftnews-archive.blogspot.com/ 【FT新聞のKindle版バックナンバー】 *kindle読み放題また有料購入が可能です。 https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/entity/author/B00OYN7Z84 ■FT新聞をお友達にご紹介ください! https://ftbooks.xyz/ftshinbun ---------------------------------------------------------------- メールマガジン【FT新聞】 編集: 水波流、葉山海月、中山将平、明日槇悠、天狗ろむ、くろやなぎ 発行責任者: 杉本=ヨハネ (FT書房) ホームページ: https://ftbooks.xyz/ メールアドレス: sugimotojohn■■hotmail.com(■■を@に置き換えてください) ---------------------------------------------------------------- メルマガ解除はこちら https://ftbooks.xyz/acmailer/reg.cgi?reg=del&email=ryu00minami.2026ft0409news@blogger.com 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